回想-かけっこ ページ4
印象に残っていることといえば、ひったくりのことがある。
あれはバス停まで一緒に歩いていたら、
目の前でご婦人が、バイクに乗った男に鞄を盗られたのだ。
『あ』
声を上げたときには実弥が地面を蹴っていて、
私はとりあえず腰を抜かすご婦人に駆け寄った。
『大丈夫ですか?お怪我は?』
実弥はすごい勢いで走って行ったが、まさか脚でバイクに追いつくなんてできるわけがない
…と思ったら。
『…嘘』
実弥は映画のワンシーンの如く砂埃を纏いこちらにやってきた。
片手に鞄、片手にひったくり犯。
トム•○ルーズですか?
ご婦人は泣きながら礼を言っていたが、いや待て。
『不死川くん、走って追いついたの…?で、バイクに体当たりかましたの?』
この男怖すぎる。
「昔からかけっこは負けたことねェんだよ」
そういうことじゃない。
『腕とか擦りむいてるけど…痛くない?』
「こんなん傷に入らねぇよ」
既に傷だらけの彼は言う。
さっきだって普通に大怪我を負いかねなかったし、よほど命知らずだ。
ヤクザの若頭かマフィアの息子ではなかろうかと思ったが、善良な一般市民。
もうよく分からん。
『でも、洗った方がいいんじゃないかな。汚れたままだと良くないよ』
私が言うと実弥は何も言い返すことなく公園の水道で肘を洗った。
子供たちがざわざわと彼から距離を取っていくのがなんだか面白かった。
実弥は全然笑わなかった。
目つきは悪いし顔は傷だらけでガタイもいいし
しかもいつでも仏頂面。
そしてなぜか胸元はいつも開いている。
でも一度話せば、びっくりするほど真面目で良い人なのは分かると思う。
どう考えたって見た目で損してる。
それが当時の私にはきっと嬉しくもあった。
私はこの見た目は怖い彼の良さを知っている数少ない(かもしれない)うちのひとりなんだぞ。
そんな謎の優越感を少なからず持っていたことだろう。
『はい、ハンカチ』
「持ってるから良い」
あぁ、持ってるんだ…
ハンカチは持ち歩くのにボタンは上まで閉めないのは何故?
とか思った気がする。
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