幸せを願う【不死川実弥】 (ページ30)

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空白-飴ページ30

『…あの、実弥』

「…」

振り返った実弥はいつにも増して無愛想だった。

『昨日はありがとね』

「別に」

あれ、いつもと声がちょっと違う？
なんだかくぐもっている。

『服、洗って乾かしてるから。明日返すね』

ふいに昨日間近に感じたのと同じ匂いが鼻をくすぐって胸を高鳴らせた。

全然駄目だ。

まだ好きなのはそうなんだけど
未練だけは残らないようにしてたつもり。

できなかった。

実弥の匂いひとつで何度だってあの日に帰れる。
帰りたいと思ってしまう。

まだ片想いを続けてる。

実弥のおかげで好きがたくさんできたよ。
けど、好きってこんなに痛かったっけ。

彼が隣で同じものを好きって言ってくれないことがすごく虚しくて。

実弥が好きじゃなかったら、
あの曲だって楽しんで聴けたのに。

「…っくし」

小さなくしゃみで我に返った。

『もしかして、風邪？』

「お前のせいだな」

『知ってる』

「…申し訳なさそうな顔すんじゃねェよ」

鼻声なのはそういうことか。

『や、うん。ごめん普通に』

「こんなもん風邪の内にも入んねーし、明日には治ってんだろ」

『そんなこと言って、こじらせちゃ駄目だよ。
ちゃんとあったかくしててね』

「わーってるよ」

鼻をずびずびさせる実弥。
なりふり構わず人助けするからそうなるんだよと悪態をつきたくなる。

『はい』

ポケットティッシュを渡す。
無言で受け取る実弥。

『あ、手え出して』

無骨な手にぽとぽと金色の粒を落とした。

『蜂蜜のどあめあったからあげる』

「…ありがとよ」

『お大事にね！』

ーーーーーーー

『…のどあめ好きじゃねぇんだけどな』

とはいえ貰ってしまったものは仕方ないし
美味しそうに見えなくもないので一粒口に入れてみる。

さっきまでAの鞄に入っていたからか生ぬるい。

優しい甘みを感じたかと思うと、口の中に冷気が沁みだす。

『…』

やっぱり苦手だ。この感じ。

けれど、なんとなくAの香りがして
恋しく思う自分がいる。否定はしない。

『何考えてんだ俺ァ…』

まったく溶けていかない飴を、奥歯で噛み潰した。