★抱きしめる - 2 ページ13
「そっ、そんなこと言ったって誤魔化されませんからね！」
「いや、本当だから。どうやったらAが家で愚痴るようになるか考えてたから！」
「え……？今も色々言ってますよ、ね……？」
「でも、それでも足りないから外で発散してくるんでしょ？」
これではすんなりと家に帰ってこないことを批判しているようにも聞こえなくはないが、決してそこではない。俺は本当に突発的な行動をとるAが心配なだけで、……いや、まあ、早く家に帰ってきてくれたら一緒の時間も増えて嬉しいなという打算は少しある。嘘ついてごめん。
「えっと、それじゃあ……ひとつ、お願いしてもいいですか？」
「ん？なあに？」
「あーっと、その……わ、笑わないでくださいね？」
「うん。」
「…………ぎゅーって、抱きしめて？」
食器をシンクへ置いたあと恥ずかしそうに両腕を広げたAに体は自然と動いていた。苦しくない程度に抱きしめる腕に力を込めればおずおずとしながらも彼女も背中に腕を回してくれる。嬉しそうにくすくすと首元にかかる息が擽ったい。
「ハグは、ストレスにいいんですって。」
「こんなのいつでもやってあげるよ？」
「毎回頼むの恥ずかしいじゃないですか。それにご迷惑かけるのも……ねえ？」
「あー、……もう！」
このいじらしさが上手い具合に俺の心を擽っていることを彼女は知っているのだろうか。彼女の言動一つ一つに振り回される俺は本当に重症だ。でもそれも悪くはない。
「いつも言ってるけど迷惑じゃないから、俺に出来ることは言って欲しい。」
「出会った頃よりはちゃんと言ってるよ？」
「本人はそうかもしれないけど、俺はもっと頼られたいの！」
思わずぎゅっと力を込めればAは楽しそうな声をあげて首元に顔を埋める。大袈裟だと言われても良い。過保護だと言われても良い。それだけ大事なんだと彼女に伝わればそれで良かった。
「ふふふ、前にも似たような話したよねえ。」
「したねぇ。したけどあまり文句も愚痴も出ないから本当に心配なんだけど？無理してない？」
「してないよ。大丈夫！」
ありがとうと柔らかな笑みを浮かべる彼女の苦労していた理由が昇給するためだったと聞くのはもう少しあとの話であり、そんな彼女と結婚するのももう少し先の話であった。
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作者名：笹森 糺 | 作成日時：2020年7月18日 18時
