小児科医の日課〜研修医、平野紫耀の経験記録〜【伍】 (ページ8)

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“悪性の転移性脳腫瘍”

悪性ってしかも転移って。どこかから頭にガンが移ってきたってこと…？

弟もそうだけど、ママはなんて思ってるんだろう。

怖い。自分のことじゃないのに自分のことように怖くて、隣を見られなかった。

医師「きっと今回の階段からの転落というのも、脳腫瘍が原因でしょう。
まだお若いですし、安心はできませんが、腫瘍がそこまで厄介な場所にあるわけではないので、手術での対処も可能です。
ですが、油断はできませんので今すぐにでも長期入院の準備をしていただいて、これからは治療に移ります」

何も考えられなかった。考えたくなかった。

これからのこと、治療のことなんて。

ただ、目の前で淡々と1人で話を進めてめんどくさいとでも言うようにこちらを見る医者に腹がたった。

きっと医者は忙しいから。1日に何人もの患者さんを相手にして、良いも悪いもこうやって人に診断を下していく。

そしてきっと、ママみたいに考えたくもないようなことを言われる人がいて、そういう人も何人といる。

冷めきった表情でこちらを見る医者は、余命宣告やガンの診断なんていくらでもこなしてきたおかげでどっか大事な感情が麻痺してるんだ、そう考えることしかできなかった。

1人、なんとも言えない声で“分かりました”とママが言う。

できることならば医者の胸ぐらを掴んで、もう一度検査をしろと言ってやりたい。

でもそんなことをしたらママはバカ！と叫びながら鬼の形相で怒ってくる。

怒られるのが怖くて、反論一つできない自分が情けなくて、惨めで、うつむいたまま、唇を血が出そうなほどぎゅっと噛んだ。

今まで生きた中で、一番嫌いな高校2年生の最悪な夜だった。

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＿＿＿ｻﾞｯｻﾞｯ

消灯時間が過ぎた薄暗い病院の廊下を重い足取りで進む。

幽霊が出そうで怖いから、そんな理由をつけて半泣きで自販機の前に来た。

“好きな物買ってきな”とママから渡された500円が初バイトの給料よりも輝いて見えて、使いたくないな、なんて思ってしまって。

やけどしそうなくらいバカ熱いホットココアを袖で持って近くのイスに座ろうとすると、点滴スタンドを持った先客と目が会う。

先客『あっ…どきますね！』

相手はどこうとするけど、こっちが後から来たんだし…。

『いえ！自分がどっか行くので…』

そう言うと“せっかくのココア冷めちゃいますよ？”と眼鏡の奥の瞳でじっと見つめてきた。