夏の日を、白き日射しを ページ4
今日はいづみと冬組、そして劇団の経理担当でもある左京を含めた面子で少し遠出をし、今後の参考として他劇団に訪れていた。
休日だがどの組も稽古は休みで、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
今回の遠出メンバーの他に、現在談話室にいるのは臣と脚本担当の綴、そして本人曰く偶然通り掛かったらしい千景のみ。
偶然かどうかは定かではないが、千景も幾らか興味を唆られたようで、少し離れた椅子に腰掛けては面白そうにAを眺めていた。
その様子は新たな玩具を見つけたような、そんな風にも取れる。
｢とべい｣
普段の生活ではあまり耳にすることのない単語を、ぽつりと密がなぞった。やはり眠たげだが、丸っこい、ころりとした声には愛らしさを感じる。
そんな彼はAの向かいで膝を抱えるようにして座っており、その姿にはとても母性本能が擽られた。
Aは優しく瞳を細め、それからゆっくりと唇を動かす。
『癌でね。日本の医者には匙投げられちゃったのよ』
晴れやかな表情だった。
影など感じられない口調とその言い回しから、言葉に滲む不穏さは過去のものだと、場の殆どが察する。
それでも決して穏やかとは言えない内容に、無意識ながらも数名が、先を促すような視線をAへ送った。
彼女は笑みを深める。目尻が下がると、大きな黒目が尚、際立つ。
『＿＿手術が成功する確率も、その後の生存率も低いし、なにより治療にかかる期間が長かったの』
そんな不安定ななか、東くんを待たせたくなかった。
母親のような安心感を覚える、慈愛に満ちた声だった。
華奢な身体は正面に座るいづみ達へ向いているが、後半の言葉は、隣で睫毛を震わせている東へのものだろう。
あ。と、誰かの小さく掠れた声が聞こえる。
なにかを発見したわけでも、ものを落としたわけでもない。ただなんとなく、同じ空間で同じように息をする女が、遠いもののように見えた。
それにね、Aは更に言葉を重ねる。
『恋人が死にました、よりも元恋人が死にました、の方が後味もマシだと思ったのよね』
｢そう、だったんですか…｣
当たり障りのない相槌を見つけ出したいづみは、二時間ドラマのあらすじでも聞いている気分だった。
『もし、彼が他に素敵な人を見つけた時、その足枷にもなりたくなかったし』
静かながらも、その声には強い意志を感じた。
窓から室内へ侵入する日光は、Aの白い頬を照らしている。
とても、綺麗だった。
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