HONEY・PIE

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女性は驚いたように目を見開き、ゆっくりと真っ赤な唇を開いた。
…あぁ、人違いだったらどうしよう。知らない男に突然知らない女性の名前で呼ばれたら気持ち悪いよな…


しかし、そんな僕の心配は杞憂に終わる。


『……驚いた。覚えているなんて思わなかったわ』

「…忘れるはずないよ」


おませで、妙に大人ぶって、両親の死に涙も流さずにフルーパウダーで消えた女の子。


___それに、


『____私が、あなたのファーストキスを奪ったから？』


カッと体の内側が熱くなって、みるみるうちに顔にまで伝染する。そんなことまで覚えてなくていいのに！
ちらりとAの顔を盗み見ると、彼女は随分と余裕そうな笑みを浮かべていた。少し耳が赤いのは見間違いだろうか。


目があったAが一歩僕との距離を縮め、女性らしくなった指を僕の頬に滑らせる。
あ、キスされる。自然とそう思ってぎゅっと目を瞑ったけれど、それは僕の勘違いだったようで。


代わりに聞こえてくる軽い笑いに薄く目を開けると、思ってたより近くにAの顔があって目を一気に開いた。


そんな僕をくすくす笑った彼女は、ひらひらと両手をあげて戯けたように言う。


『好きな人に軽々しくキスなんてしないわ。あのときは小さかったから勢いでしちゃったけど』

「…僕のこと、好きなの？」

『あら！伝わってなかったの？』

「い、いや、そういうわけじゃなくて、…その、今も？」

『えぇそうよ、あの頃からずーっと。言ったでしょ？ビビッときたって』




『…ねぇ、私がもう大人だって、覚えておいてね』


さ、テセウスが待ってるわ。
そう言って僕の目の前を歩く、すっかりオフィスガールになったA。


…君こそ分かってる？大人になった君に手を出さないでいられる程、僕が大人じゃないってこと。




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