アヤメのハンカチ 4【煉獄杏寿郎】

194.時を埋める口づけを ページ44

　昼間の茹だるような暑さとは違い、

　少し涼しい風が頬を撫でるも、

　認めざるを得ない"羨む"気持ちが抑えきれなくなった。


　風に揺られ、ちらりと見えた彼女の左耳に顔を寄せて

　耳を優しく甘噛みをした。


「…あっ」


　驚いてビクッと身を震わせた彼女の身体を抱きしめて、

　切なる思いを耳元で囁く。
　
　

「今宵は君を帰したくない。

　同じ朝を共に迎えてはくれないだろうか。」



　跳ねる胸の音は一層増して、

　君の返事を聞きたいのに邪魔をしてしまうようで…



「…はい。」


　そう小さな声が聞こえたので彼女を見つめると、

　頬を真っ赤に染めて瞬きをしていた。



　彼女はずるい。


　可愛すぎる。



　
　俺はAの手を引いて歩き出した。





　ガス灯の灯火が揺れる道をAと歩く。


　ゆらゆらと踊るような火は俺の心を焦らせる。




　俺たちが向かったのは、

　彼女の寝起きする宿舎でも、生家でもなく、炎柱邸だった。







　俺は屋敷の戸を開けて先に中へ入ると、

　Aに手を差し伸べた。



「おいで。」



　おずおずと彼女が俺の手を取ると、

　玄関に入るや否や、俺は彼女をきつく抱きしめた。





　ああ、ずっとこうしたかった。


　彼女の匂いに包まれて、

　その小さな身体をこの腕で抱きしめ、

　あたたかな手を背中に回して欲しかった。
　



　ゆっくり身体を離すと、
　
　艶やかな瞳に俺だけが映った。




　もう、限界だ。



　
　右手でAの頭を押さえ、

　反対の手を彼女の頬に添えると、

　何度も角度を変えながら口づけを交わす。


　
　離れていた長い月日を埋めるように

　何度も何度もAを求めてしまう。

　それに応える彼女の息遣いに脳が溶けそうになる。

　

　
　静まりかえった家に、唇の触れる音だけが響いていた。





「…んっ」





　Aが堪らず声を漏らしたので一度唇を離し、

　彼女の額に自身の額をくっつけて俺は告げた。





「…寝室へ行こう。」



　

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