アヤメのハンカチ 4【煉獄杏寿郎】

189.君とあの場所で ページ39

「っ…」


　その日の夜、鬼の討伐を終えた俺は、

　戦いの際に手首に負った傷を洗うため、川辺に来ていた。


　引っ掻き傷のようなもので、出血も多くない。

　持っていた布を右手首に巻きつけた。



　すると、ヒュー、ドンっと、音が聞こえてきて

　見上げると打ち上げ花火が空に咲いた。


　今年は見なくとも良いかと思っていたが、

　いざ目にするとやはり綺麗で…


　ふと「あの場所」で見たい

　という衝動に駆られて歩き始めた。


「あの場所」はここからそう遠くはない。


　君と花火を見た「あの場所」



　無心で足を走らせた。

　夢に見ているかのようなぼうっとした感覚で、

　気がついたら静かな土手に辿り着いていた。



　ドンっと心臓をたたくような音と、

　鮮やかな光が視界いっぱいに広がる。




「…綺麗。」



　圧倒的な美しさに誘われて、

　隣に人がいることにさえ気づかなかった。


　ふと降って来た声に、自然と言葉を返した。



「とても綺麗ですね。」



　似ていたんだ。

　俺の好きな声に。


　だから思わず声のする方を向いてみた。




　そこにいたのは、

　一緒に花火を見たいと思った相手だった。




「…杏寿郎さん！？」


「…A！？」



　目を満月のように丸くして驚く君。

　あの日と同じ浴衣を着ている。


　心拍数が一気に加速していくのが自分でも分かった。



「…杏寿郎さん、今日は任務だったのでは！？」


「君の方こそ、なぜここにいるんだ！？」



　Aは俺の様子を確認するように

　上から下へと瞳を動かした。



「たった今、任務が終わったところなんだ。」



「…そうでしたか。お勤めご苦労様でした。」



「…それで、君は？」



　Aは一度空に咲く花を見上げると、

　俺に優しく微笑んで言った。



「花火を…見たかったからです。」
　

「俺も花火を…見たかったんだ。」



　叶うのならば君と。

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