アヤメのハンカチ 4【煉獄杏寿郎】

173.傘に ページ23

　陰で支えてくれる人がいるから、

　守りたいものがあるから、俺は心を強くもって戦える。


「A、ありがとう！」


　自然とAに微笑みかけると、

　彼女は顔を真っ赤にして目を潤ませた。


「いえ！お役に立てて良かったです！

　では、約束があるので…失礼します。」


　不自然なくらい慌てているようで、

　Aは足早に下駄を履いて外へ出ていってしまった。


　しばらく呆然としていたが、外は雪が降っているのに

　彼女は傘を持たずに出て行ったことに気がついて、

　俺は傘を手にすると急いで家を飛び出した。



　うっすら雪化粧をし始めた世界に

　儚げに咲く赤い花のようにゆっくりと歩くA。



　なぜか彼女がどこか遠くに行ってしまうような気がした。



「A！」


　彼女を呼び止めて左腕を掴むと、目を丸くして驚いた。


「傘、持っていくといい。」


「…ありがとうございます。」


　彼女の着物よりも深く、落ち着いた赤い色の和傘を渡す。



「気をつけて。」


「…はい。」


　約束をしていると言っていた。

　俺には関係ないことだと分かっている。



「…今日は誰と出かけるんだ？」



　そんなことを聞いてどうする。



　自問自答する俺に白く冷たい雪が降り落ちてくる。



「今日は…」



　いいんだ。俺は、



「その…」


　
　降り注ぐ冷たい雨や雪から君を守る



「…柳田さんとです。」



　傘になれればそれで良いのだ。




　Aの隣には優しくて、素敵な男性がいて、

　きっと君を笑顔にしてくれる。


　俺はそんな二人を守るための傘になる。




「そうか！

　人の良さそうな方で安心だ。楽しんでおいで。」


「…ありがとうございます。」


　そう小さく呟いたAは、

　踵を返して駅の方へと歩き始めた。



　振り返ることはない。


　

　二人の道が交わることは、きっともうない。



　彼女はしっかりと歩き始めたのだから、

　俺は精一杯応援しよう。




「これは雪だ…」




　頬を濡らすは、涙(ゆき)。






　

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