アヤメのハンカチ【煉獄杏寿郎】

34.心の痛み ページ34

呼吸は…ある。

　酷く混乱している様子だった。



　無理もないな。

　怪我をした上に記憶をなくしている。

　
　もしや過去の何らかのことを思い出して

　辛くなったのかもしれない。



　このままここで寝かせても良いが…


　さすがにそれは憚れるな。



　俺は抱きしめていた彼女を身体から少し離し、


　横抱きにして抱えると、


　彼女の部屋へと運んだ。



　褥にゆっくりと寝かせると布団をかけ、


　自室に戻ろうとした時だった。


　浴衣の裾を掴まれ、


　薄目を開けた彼女が朦朧としながら口を開けた。



「行かないで…」



　胸がぎゅっと痛くなる。


　なんだ？この感じは…



　俺は彼女の手を取ると、優しく布団の上に置いた。




　安心したように微笑んだ彼女は


　再びすやすやと眠ってしまった。




　俺がいることで安心できるのなら…



　壁に寄りかかるといつの間にか眠りについてしまった。











　
「…煉獄さん？」

　
　朝日が差し込み、綺麗な声がして目を覚ます。




「おはよう！眠れたか？」




「はい。煉獄さんはなぜそこで…？」



　腰を上げて彼女に歩み寄る。





「昨夜、俺の部屋で君の背中に薬を塗った後、

　話をしていたら、急に意識を失ったのだ。

　覚えていないか？


　俺が君をこの部屋まで運んだのだが、


　そのあと…」




「そのあと…？」



　昨夜のAの妖艶な瞳を思い出してしまい、

　顔が急激に熱くなるのを感じた。


　彼女はきょとんとして首を傾げている。



「そのあと、意識朦朧とした君が、

　行かないで…と言うもんでな！


　朝まで君の部屋にいた次第だ！

　安心してくれ！何もしてはいない！」



「ごめんなさい〜！自分の言動が恥ずかしいです！！

　そして運んでくださったのですね…重かったでしょうに！

　なんか色々とすみません。」



　Aは慌てふためいている。


　その動きが小動物みたいで可愛らしい。




「要らぬ心配だな！

　きっと過去のことでも思い出して、

　不安になったのだろう。俺は頼ってくれて嬉しいぞ！」




　耳まで真っ赤にしているその姿は


　熟れたリンゴのようだ。

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