アイツ ページ45
宙にふわふわ浮いたしゃぼん玉みたいに、どこにも終着しない、いつ弾けて消えるか分からないような淡い話。
どことなく脆い空気を纏った深澤さんと話し続けていると、そこそこの時間になったのでお店を後にした。
ここから家は、cottonから帰るよりも少しだけ遠い。
｢…っし、帰りますかぁー。｣
ふたりで外にいる時間が増えるということは、それだけリスクも増えるということで。
今日は遠いので本当に大丈夫です！なんて言ったら
｢遠いからこそ送るんでしょ？｣
と、返されてしまったから何も言えない。
ほら、こういうところが好きなの。
しゃぼん玉がパチンと弾けるように、抱えきれなくなった好きを伝えたらどんな顔をするんだろう。
魔が差しそうになる。こんなの、魔だ。
｢楽しかったねぇー。1日ありがとね。｣
｢こちらこそです。結局すべて払ってもらっちゃいましたし。｣
｢いーのいーの。いっぱい稼いでるから！笑｣
｢…それ言われたら何も言えないです。笑｣
｢言わせないために言ってんの！笑｣
いつも通り家のドアの前につく。
もっと遠くのマンションに、もっと上の階に、もっと奥の部屋に住んでいれば。
もっと。
もっと、一緒にいれたのに。
｢また、会おーね。｣
｢はい、また。｣
現場でまた、なのか。cottonでまた、なのか。
それともこうやってまた、ふたりで会おうね、なのか。
都合よく受け取りたくなる。
相変わらず家の中に入るまで見届けられて、後ろ髪を引かれながらも玄関に入ってブーツに手をかける。
楽しかったな、なんて満たされた気持ちで呑気に廊下を進んでリビングの扉を開けた時。
カサッ。って。
…この生き物特有のスピードで動く、黒い物体。
｢…ひいい！｣
出た！アイツが出た！
すぐに固まった私の気配を察してか、その場から動かないみんな大嫌いなあの虫。ほんと無理…勘弁して。
そういえばこの家に住んでから初めて見た。スプレーなんて買ってなかったような…。
自分で退治する勇気もなければ、かと言って共存して寝る選択肢もない。
手段を選んでいる場合じゃない…！
まだそう離れていないであろう、深澤さんの連絡先をタップした。
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作者名：あやめ
| 作成日時：2023年11月18日 5時
