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ブルペンに向かうと、そこにはやはり彼の姿があった。
何度眺めても美しい横顔に流れる汗に、逞しい背中。
その全てに目を奪われていた。
一目見るだけで構わない。
そう思っていたのに。
いつしかそれは、気づいて欲しいという欲望に一変していた。
もしかしたら、日本ハム本社に来たときには既にあなたに心惹かれ、抱いていたのかもしれない。
誰にも知られない、自分勝手な感情を。
そんなとき、彼は唐突にブルペンを出る準備を始めた。
私もすぐに出なければここで鉢合わせしてしまう——
それは実現してしまった。
「お、お疲れ様です…」
大谷「こちらこそお疲れ様です」
自ら作り出したこの気まずさの中で、咄嗟にベンチへ戻ろうとしたその時だった。
大谷「Aさん」
「はっ、はい…」
大谷「試合前ですけど、1つ相談があって、」
すれ違いざまに大谷選手が私の腕を掴み、あのヒルトン名古屋のフィットネスセンターでの構図が再び出来上がった。
彼の真剣な目に、私は思わずドキッと思った。
大谷「こんなときに言うことじゃないんですけど。僕、気になってる人がいて」
「…そ、そうですか」
大谷「口説くにはどうしたら良いと思います?」
その瞬間、自分の中で何かが崩れ落ちるような感覚を覚えた。
大谷選手に好きな人がいることはどこかで分かっていたが、どうしても夢を見ていた自分がいた。
それが今になり、現実に引き戻された感じがしたのだった。
「率直に伝えられたら女性は嬉しいと思いますよ…大谷選手なら」
「…試合があるので。失礼します」
私はそう答える他に余裕がなく、ブルペンを一目散に逃げるように出ると、数少ない女子トイレの一隅にて堪えていたものを全て流し出した。
大人になってからの初恋が、これほど呆気なく終わってしまうとは思ってもいなかった。
私はスポットライトに当たることが仕事ではない。
あくまでも、侍ジャパンの陰の通訳。
その意味を履き違えてはいけないことを身をもって痛感した瞬間だった。
感情を無にし、ただ己の業務に向き合った初戦の中国戦は8-1で幕を下ろしていた。
その試合を追った私の目には、大谷翔平の姿は映らなかった。
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まる(プロフ) - みゆじろうさん» 今年度から大学生になり、慣れない日々が続く中で更新頻度が激減しておりますが、必ず完結させますので寛大な心でお待ちいただけると助かります。今後もよろしくお願いします! (2023年4月15日 23時) (レス) id: 01772b3048 (このIDを非表示/違反報告)
まる(プロフ) - みゆじろうさん» みゆじろう様、コメントありがとうございます!できる限りリアルを追求して執筆してきたので、そのようなお言葉をいただけて幸いです。たくさんの素晴らしいWBC作品の中で1番と評価していただいたことも本当に嬉しいです! (2023年4月15日 23時) (レス) id: 01772b3048 (このIDを非表示/違反報告)
みゆじろう(プロフ) - あると思います。それに対しての訂正のコメントもあると思います。リアルさを求めれば求めるほど大変だとは思いますが、楽しませて読ませていただいている読者として執筆を応援しています。WBCを題材にしている小説の中で1番私は好きです。更新楽しみにしています! (2023年4月13日 2時) (レス) id: 7e0dd8129d (このIDを非表示/違反報告)
みゆじろう(プロフ) - はじめまして。楽しく小説読ませていただいております。選手の経歴や言葉、試合内容など知識がないと書けない小説だと感じています。その分、読者として妄想を広げつつ感情移入ができ、とても面白さを感じています。リアルな部分を表現する際に、ミス生まれる事も→ (2023年4月13日 2時) (レス) @page17 id: 7e0dd8129d (このIDを非表示/違反報告)
まる(プロフ) - まいか様、コメントありがとうございます!声出しが上手く聞き取れなかったので教えていただき嬉しいです。直ちに修正させていただきます。温かいご指摘感謝申し上げます。今後もよろしくお願いいたします。 (2023年4月13日 1時) (レス) id: 01772b3048 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まる | 作成日時:2023年3月25日 10時