39 ページ39
顔を伏せたまま、首を微かに横にふる愛しい人。
「無理だよ」
「無理じゃない」
ソファから降りて伊野尾ちゃんの側に膝立ちのまま近付く。
俺は震えている伊野尾ちゃんの手をそっと押さえた。
手首を掴んで、綺麗な顔を隠している両手をゆっくりと外し、伊野尾ちゃんの顔を覗き込む。
「無理じゃない」
その無防備な表情を隠すものを失って、伊野尾ちゃんは俺を恨めしそうに睨んだ。
いつもより多く水分を湛えた瞳。
また、泣かせた？
でも。
「伊野尾ちゃん。俺ね、伊野尾ちゃんの言った通りリアリストだよ。勿論どうにもならない現実がある事は知ってる」
でも。
「でも、どうにかなると思うんだよ」
「いや、ならねえだろ。俺は男でお前も男で。勿論世の中にたくさんそういう人達がいることは知ってる。それが当たり前だって認めようと、ちゃんと世の中が進んでる事も知ってる。でも、現実は違うじゃん」
伊野尾ちゃんは唇を歪めて言葉を続ける。
「もしこんな気持ちを持ってるって、世の中に知られたらどうなる？面白可笑しく書き立てられて、腫れ物に触るように扱われて、ファンの子には幻滅されて。……そんなの俺は耐えられない」
女が好きとか男が好きとか、そういう事じゃない。
お互いがお互いを好きなだけ。
ただそれだけなのに。
「伊野尾ちゃん、好きだ」
「やめろ。頼むから、お前は真っ直ぐ今までの道を行けよ。きっと一時の気の迷いだよ。俺なんかのせいで、今まで築いて来たモノを無駄にしないでよ」
「俺なんか、なんて言わないで。好きだ、伊野尾ちゃん」
顔を覗き込んだまま、その華奢な両肩に手を添える。
「……俺は、好き……じゃない」
伊野尾ちゃんは目を逸らして、震えた声で呟いた。
「俺は、大好き」
「好き、じゃない……」
顔を背けて目を閉じて、まるで自分に言い聞かせるようにとなえている。
俺はその強がりごと抱き締めるように、両肩を掴む手に力を込めた。
「伊野尾ちゃん。大好きだよ」
ぴくん、とその肩が揺れた。
長い睫毛に縁取られた閉じたままの目蓋が震えて、一筋涙が頬を滑り落ちた。
「………ばかだろ」
「うん」
「おまえ、ホントにばか」
「うん」
吸い込まれそうな大きな瞳をやっと開いて、ゆらゆらと水分を湛えたまま、伊野尾ちゃんは俺の視線を捉えた。
「俺も……、相当な馬鹿だわ」
魅力的でふくよかな唇がモニョモニョと躊躇うように動いて、やがて俺の名前を象った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 276人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
たろう(プロフ) - 雪音さん» なんて嬉しいコメント！ありがとうございます。なかなか思ったように書けないなりにも、読んで頂いて感想まで頂いてホントに嬉しいです。気まぐれ更新ですが、またお目通し頂ければ嬉しいです。 (1月25日 22時) (
レス) id: ad9f11bcb3 (このIDを非表示/違反報告)
雪音(プロフ) - 最後の2人が仲直りするシーンで感動して泣きそうになりました。たろうさんの書くお話いつも楽しみにしてます！ (1月25日 20時) (レス) id: 287eadd06c (このIDを非表示/違反報告)
たろう(プロフ) - サツキさん» ありがとうございます。これからもサツキさんに読んでいただけるように、頑張って更新したいと思います。 (1月24日 23時) (レス) id: ad9f11bcb3 (このIDを非表示/違反報告)
サツキ(プロフ) - 返信ありがとうございます！ヤバいです！たろうさんに読んでいただけていたとは…。なんか、ものすごく気恥ずかしいです💦たろうさんの紡ぐ綺麗な文が大好きです。お忙しい中とは思いますが、いろいろお話を楽しみにしています。 (1月24日 21時) (レス) id: 35bce03242 (このIDを非表示/違反報告)
たろう(プロフ) - サツキさん» コメントありがとうございます！なんて嬉しくて勿体無いお言葉を……（涙）。私もサツキさんの小説を楽しみに読んでいた読者なので、サツキさんからコメント頂けて嬉しいです。ホントにタダの自己満足の文章を読んで頂けて、嬉しい限りです。 (1月24日 21時) (レス) id: ad9f11bcb3 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：たろう | 作成日時：2023年12月15日 18時
