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俺はふた月ほど前の食事会を思い出していた。
何も知らずに呑気に料理に舌鼓をうっていたっけ。
まあ、料理に罪はない。めちゃめちゃ美味しかったし。
今となっては、あまり思い出したくない事の一部だけれど。
だいぶ体が動くようになって来た俺に、杉山さんは風呂を勧めてくれた。
そういえば、結構長いことお風呂に入ってないもんね。
どこの馬の骨とも知れない、風呂にも入ってないクッサい俺の面倒を見てくれて、本当に感謝で頭が上がらない。
車で近くの商店まで行って、なんと下着も買ってきてくれていた。
きっと気遣いのし過ぎで疲れてしまうから、人付き合いが好きじゃないんだろう。
押し付けがましくもなく、好もしい杉山さんの気遣いが、今の俺にはとても有り難かった。
食事は布団の上ではなく、杉山さんと一緒に炬燵机でとれるようになった。
相変わらず、一碗でも素朴で温かく、ほっこりした気持ちになる食事を頂いた。
杉山さんとは必要な事以外の会話は殆どなかったが、華飾や社交辞令を取っぱらった分かりやすい言葉で、俺の存在を肯定してくれている。
自分を装う必要のない空間は、心地良かった。
ふと古い木の柱に掛かっている日めくりに目をやる。
自分が本来は担当しているラジオの日だと気付いた。
「杉山さん。あの、ラジオありますか?」
「ラジオ?」
怪訝な顔で杉山さんがこちらを見る。
「ちょっと、聴きたいラジオがあって」
「今の若い人でもラジオは聴くんかい?テレビばっかり観ているもんだと思ったが」
最近のワカモノはそのテレビすら観ないんですよ、と思いながら、杉山さんが和箪笥の上から取ってくれたラジオを受け取る。
「ありがとうございます。ちょっと、向こうで聴いてきます」
ラジオのチューナーを国営放送に合わせる。
時間はちょうど8時過ぎ。
聞き慣れたオープニングの曲とメンバーの声でラジオは始まった。
薮が俺の代わりに出てくれているようだった。
『いのちゃんは体調不良で、大事を取ってお休みです』
『伊野尾もきっと、このラジオ聴いてると思うんでね』
『なるべく早く、戻って来いよ』
ラジオの放送が終わり、杉山さんにラジオを返しに行く。
「ありがとうございました。……俺、明日帰ろうと思います」
杉山さんはひょいとラジオを受け取り、
「そうかい。んじゃ、駅まで車で送ってやろう」
と目を細めた。
温かい笑顔だな、と思った。
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たろう(プロフ) - ぽんたさん» コメントありがとうございます。私も病系をよく読んでしまいます。拙い文章読んで頂いてありがとうございました。 (2023年1月25日 20時) (レス) id: ad9f11bcb3 (このIDを非表示/違反報告)
ぽんた(プロフ) - 連載お疲れ様でした!精神的にも身体的にも弱った伊野尾くんが凄く好きでした。 (2023年1月25日 19時) (レス) @page49 id: 26174ade27 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:たろう | 作成日時:2022年12月24日 20時