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他のメンバーには、退所の話は寝耳に水だったのかもしれないけど。
俺には実は予感めいたものがあった。
薮くんが最初に集まれるメンバーだけを集めて話をしたとき、伊野尾くんが退所を希望していると聞いて、俺の感想は『やっぱりか』だった。
勿論自分の予感が当たったことが、嬉しいなんてことはなく、外れていてくれたら良かったのに、とヒドく落胆したけれど。
最近は伊野尾くんと二人でロケに出る事も多かった俺は、バイクという新たな共通の趣味もあり、他愛の無い話から仕事の深い話まで、空き時間に良く話した。
グループ結成当初は、全く接点もなく、仲良くなれる人種でもないとお互い思っていたから、本当に全くと言っていいほど、話さなかった。
俺は俺で、アイドルという仕事に何処かそぐわない物を感じていたし、伊野尾くんもプライベートでは全くメンバーに絡んでいなくて、少し斜に構えているところがあるように見えた。
少しのきっかけで話すようになり、以前より性格が分かってくると、テキトーに見えて実は色々と計算していたり、目的を達成するためには努力を厭わない人だと気付いた。
アイドルという仕事に、彼なりに真摯に向き合って来た事も、グループの為に常に何が出来るか考えている姿も。
あんなフェミニンな可愛らしいナリで、実はメンバーの中ではいちばん男らしいと思われる性格も。
おもしれー男だな。
俺のここ何年かの伊野尾くんへの感想。
仲のいいツレの様な感覚。
だから最近、ふと伊野尾くんが漏らしたひと言がやけに引っかかった。
「なぁ、たかきぃ……。やり直してぇわ、俺」
その言葉が伊野尾くんから発せられたとは思えなくて、息を呑んだ。
『何を?』とは訊けなかった。
『今がいちばん楽しいと思って生きている』と、彼は普段から公言していたのではなかったか。
バイクツーリングのロケの待ち時間、海沿いの道路にバイクとロケ車を停めて天気待ちの間。
道路と海岸を隔てるコンクリートの胸壁の上に座り、海側に足を投げ出している伊野尾くんは、ひっきりなしに寄せてくる波を見つめていた。
その表情からは彼の真意が読み取れない。
ただ、どこか哀しそうな、諦めたような瞳。
俺が返答に困っていると、すぐにイタズラっぽい笑顔を浮かべて
「さっきのバイクのとこさ、俺めっちゃ乗るときダサくなかった?ちょっと足引っかかったんだよなぁ。ボケにしても使い辛いわぁ」
と、肩を揺らして笑った。
彼の本音は、隠されてしまった。
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たろう(プロフ) - ぽんたさん» コメントありがとうございます。私も病系をよく読んでしまいます。拙い文章読んで頂いてありがとうございました。 (2023年1月25日 20時) (レス) id: ad9f11bcb3 (このIDを非表示/違反報告)
ぽんた(プロフ) - 連載お疲れ様でした!精神的にも身体的にも弱った伊野尾くんが凄く好きでした。 (2023年1月25日 19時) (レス) @page49 id: 26174ade27 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:たろう | 作成日時:2022年12月24日 20時