第143話「男の畜犬談(後編)」 ページ1
男が、外套の懐から取り出したのは……
「欲しいかい?欲しいよねぇ」
男は、はっはっは、と笑いながら袋から一粒取り出すと、ぐっと握りしめる。
次に男が拳を開くと……
「……これが格の違いだよ。私の勝ちだ。」
誇らしげにそう云う男を、少年は悪戯好きな年少者を見るような、困った様な表情で見ていた。
一方、少女は悪戯好きの弟を見るような、優しい笑みで見詰めている。
男はもう一度、犬の目の前でぐっと拳を握る。
そして、再び開いた手には、飼料が有った。
「これに懲りたら、街中で私に吠えるのは慎む事だ。」
そう云うと、男はあーん、と飼料を口に放り込み、ご機嫌そうに少年と少女が座る長椅子の近くまで歩く。
「……犬、苦手なんですか?」
少年は、呆れたような顔のまま、そう云う。
「人間より余程難解だよ。」
男はそう云うと、少女を持ち上げ、長椅子に座ると少女を膝の上に乗せた。
「太宰さん、昔から犬がお嫌いですよね……というか、何で私を膝に乗せてるんですか。」
少女は戸惑ったように、飼料をボリボリと食べている男に、そう云う。
「良いじゃあ無いか。ねぇ、敦君?」
にこやかにそう云い放った男に、少年は苦笑した。
「……それで、事務員さん達の避難は?」
男は、少年にそう聞く。
「国木田さんからの連絡で、予定通り次の列車だそうです。事務員が狙われるなんて……この三社戦争、探偵社は大丈夫でしょうか。」
神妙な顔でそう云った少年に、少女と男は顔を見合わせる。
男は袋から一粒取り出すと、また口に運びながら答える。
「そうだねぇ。私の見立てでは、探偵社が最も劣勢。最優勢はマフィアかな。」
男はそう云うと、また口に放り込む。
「そんな……。太宰さん、何か逆転の計略は無いのですか?」
心配そうに、焦ったようにそう云った少年に、少女は何故か誇らしげに「そんな訳がない」と云う。
「太宰さんだよ?有るに決まってるよ、敦くん。」
そう云った少女に、男は笑って少女の頭を撫でる。
「その通りだ。このくらいはね。」
男は口いっぱいに飼料を頬張りながら、指を三本、立てたのだった。
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サブタイトルについて。
畜犬談という太宰治の作品が元ネタになっています。
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作者名:業猫 | 作成日時:2019年9月9日 16時