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「吉良ヒいる？」
教室のドアの近くにいたタツヤに声をかける。
朝、二時間目の国語の授業で使うからと吉良ヒが奪っていった辞典を取り返しに来たところだった。
「今、いないみたいだ」
そう言ったタツヤからは柑橘系の爽やかな香りがして、なんだこの貴公子、となる。
「さっき体育だった？」
「そうだよ。なんで？」
「制汗剤の香りがする。あ、そう、辞書返してもらいに来たんだけど吉良ヒの机、漁って良いと思う？」
「俺が許可しよう」
「恩に着ます〜、若様〜」
二人顔を見合わせてにやにやした。
机の蓋を開き、意外にも整頓された教科書類の中から辞書を探す。
「あれ」
「どうしたんだ？」
「ないんだが」
まさか行き違ったか、と一旦ホームルームに戻ったが、返ってきていなかった。
どこに行った、私の辞書？
何しろ分厚い辞典だから、持ち運ぶには少々不便だと思うのだけれど。持ち出す意味がわからないし。
殆ど活字読まないくせに、何を思って私の辞書を持っていったのだろう。
この広い校内で、吉良ヒがどこにいるのかもわからないし、探すのにも一苦労だ。
と、そこまで思って、一つの考えが頭をよぎる。
「もし良ければ、俺の辞書貸そうか？」
そう言ってくれたタツヤに首を振り、「借りるかも」私の返答に、タツヤが首を傾げる。
消えた吉良ヒ。
持ち去られた私の国語辞典。
さっきの授業は、体育。
タツヤの話だと、吉良ヒの様子におかしなところはなさそうだった。
こんなの、ただの勘だし根拠なんてない。
思いつきの域を出なくて、間違いの可能性のほうが断然高いのだ。
それでも。
教室を出て、真っ直ぐ向かったのは図書室だった。
扉を開け、司書の先生がいないのを確認する。
インクの香りが鼻をつく。
利用時間帯ではない図書室は薄暗い。
手をかけた本棚からは、木材特有のかさつきを感じる。
奥に進み目にしたものは、本棚に寄っかかって座る吉良ヒだった。
俯いた吉良ヒの横顔を一筋涙の玉がつたうのを見て、慌てて駆け寄る。
なんて声をかければ良いのか、私が言うべき言葉は何なのか。思い巡らせたけれど、何が正解かなんてわかるわけはない。
歯を食いしばり声も立てずに両目から涙を流す吉良ヒを見ていると、ただ黙って見ていることなんてできなくて、図書室のカーペットに膝をついた。
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マトリックス(プロフ) - 杳覇さん» コメントありがとうございます^_^ この話自分でも気に入っているので、そう言っていただけてとても嬉しいです！文章も褒めてくださりありがとうございます！！！ (2020年12月4日 6時) (
レス) id: 42c58f3b28 (このIDを非表示/違反報告)
杳覇(プロフ) - コメント失礼致します。かさぶたに恋とは、また新しい発想ですね…！しかも夢小説…！！ 圧倒的文体センスで思わずのめり込んでしまいました。その先の二人について、色々妄想できるのも楽しかったです。素敵な作品をありがとうございました。 (2020年12月2日 23時) (レス) id: 8682462ce1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：マトリックス | 作成日時：2020年4月8日 4時
