2 円堂視点 ページ20
「よろしくお願いします」
律儀に挨拶をして遠慮がちに助手席に乗る少女。車を走らせている間もどこかそわそわと落ち着かない様子だった。
「河川敷で倒れてた?」
「ええ、本人も混乱してたみたいだったわ」
秋がサッカー部に連れてきた一人の少女、暁A。部員たちと会話をする様子は、どこか元気がなく無理に笑顔を作っているようにも見える。
「記憶喪失の類か?」
「ううん。記憶がないっていうよりも…私には、話したがらないように見えるの」
雷門に編入するのは確かなのだろうが、家の場所や保護者の連絡先さえ分からないどころか、自分がどこから来たのかも話したがらなかった。本人の口から語られたのは、「誰にも頼れない」というただ一言だけ。
秋の言葉を聞いて、音無は顔を曇らせる。
「そんな…、まだ中学生ですよ」
「そう、そうなの。そのときのAちゃんの顔を見て、ここでこの子を一人にしたら…取り返しのつかないことになるんじゃないかって。…それで、円堂君と春奈ちゃんに頼みがあるの」
お願い。この子のこと、少しで良いから気にかけてほしいの。
昔の仲間、何より幼馴染からの頼みだ。もちろん受けるつもりだったし、暁本人がサッカー部に入らなくても暇を見つけて様子を伺うつもりでいた。しかし、俺の予想とは違い彼女はサッカー部に入部した。少し意外ではあったが、選手のプレイを見学したりマネージャーたちと協力しながら仕事をこなしたりしている様子は微笑ましいものだったし、心から楽しんでいるようだった。
「サッカー部はどうだ、楽しいか?」
窓の外を流れる景色を見ていた彼女は、俺に話しかけられふっとこちらに首を向ける。ぱちりと瞬きをしたあと、にこりと笑った。
「楽しいですっ、すごく」
それは間違いなく嘘偽りのない言葉だった。あどけない笑顔は、一番最初に見学に来た時のものとは見違えるように明るい。ミーティングルームで努力を褒められて嬉しそうに目を細めて笑った時も、年相応の笑顔を見せていた。
「なあ、暁はどうしてサッカー部に入ったんだ?」
「どうして…ですか」
俺の言葉に、彼女は少し不安げな表情になった。「単純に気になったんだ」と少し慌てて弁明する。
「さっきのを見て思ったんだ。お前は、もともとサッカーとはあまり縁が無かったんじゃないかって。だから、興味をもつきっかけが何だったのか気になったんだ」
少し先の信号が赤になり、スピードを緩める。
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作者名:飯 | 作成日時:2021年9月2日 22時