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「…私は暁A。助けてくれて本当にありがとう、松風くん」
人間はあまりに非現実的な出来事に直面するとかえって無になるらしい。うまく笑えていただろうか。お礼を言うと「天馬でいいよ!」と返された。とても明るくて優しい人柄のようだ。
(ねえちゃんみてみて!マッハウィンドッ!)
(ふふ…ほんとに大好きだよねえ。その子が主人公なの?)
(そうだよ!つるぎのロストエンジェルもしんどうのフォルテシモもいいけど、やっぱりてんまの必殺技がいちばんかっけー!)
弟が夢中になって見ていたアニメ、『イナズマイレブンGO』。カードバトルやゲームも一生懸命遊んでいて「ゲームは1日1時間まで」なんてルールも作ったんだっけ…。
次元の壁を挟んで見ていた彼が今、私の目の前にいる。黙り込んでしまった私をまた心配そうに見つめている。映像と違い現実的なふるまいに私の頭はますます混乱した。
なにか、へんな夢でも見ているのかな。
俯いた私にマグカップが差し出される。顔を上げると先ほどの女性が「あったかいココアよ。苦手じゃなければ飲んでね」と微笑んだ。ありがとうございます、と小さくお礼を言い口をつける。口の中いっぱいに広がる優しい甘みと香りが夢にしてはやたらとリアルで、体は温まるのに胸の奥が嫌な予感で冷えていく。ちびちびとココアを飲んでいると女性が切り出した。
「お荷物の中身、勝手に見ちゃってごめんね。保護者の方に連絡をしなきゃと思って…」
女性はそう言って、私が持っていたのだという黒いリュックをローテーブルの上に乗せ書類や制服のブラウスやリボン、スカートを出していく。そのすべてが覚えのないものだった。
「連絡先がどこにも書いてなくて、雷門中の学生証や編入証明書にも保護者の方のお名前や住所が書かれていなかったの」
「……は」
今、なんて。編入?
固まる私と対照的に天馬くんは「え!A転校生なの!?いつからっ?」と嬉しそうだった。見せてもらった書類には私が明後日から雷門中に通うことが明記されていて、学生証には撮った覚えのない顔写真が載せられている。映っているのは確かに暁Aそのものだった。
何もわからないのに、わからないことがどんどん増えていく。私だけこの世界に見放されたような感じがした。写真を見つめる私に、女性は「お母さんかお父さんの番号、わかるかしら?」と心配そうに問いかける。嬉しそうにしていた天馬くんも今は女性と同じような表情だった。
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作者名:飯 | 作成日時:2021年9月2日 22時