ウェザーリポート (ページ26)

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それからというもの、ふらりとやってきては朝起きたらその子はいなくなる。そんな生活が続いた。
名前を聞くタイミングを逃してしまった私は、彼をスナフキンと呼んだ。

「合鍵くれてもええんちゃう」

「……無くさない？」

「オネエサンちゃうねんから無くさへんわ」

スナフキンは音楽が好きらしい。
前の彼氏が置いていったギターを楽しそうに弾いて、たまに歌って聴かせてくれることもあった。

仕事の資料として買って帰ったハーモニカ。
興味津々に見つめていたからあげてしまった。

「なん」

「本当にスナフキンだね」

「なんやねんそれ」

音楽に触れている時だけ柔らかい表情をする。
普段は周りの人間全員敵だ、とでも言いたげな目をしているのに。
それは時折、私にも向けられることがあった。気にしないけど。

「ただいまー」

明かりが点いていたからスナフキンが来てると思って言ったけれど、ヤツはどうやら友達と電話しているらしい。そういえば最近よく来るな。

「頑張りたいけど、頑張る場所が無いねん」

こちらに背を向けるスナフキンが電話の向こう側にそう言う。そんな事実はないのに、なんだか溺れているような声だった。

少し話した後、電話を切ってこちらを振り返る。
情けない顔で無理やり笑っておかえりと言う。

「また傘忘れたん？」

慣れた手つきでタオルを渡してくれる。普通を装う少年が儚くて、頭を撫でた。

スナフキンは雨が苦手なのかもしれない。
雨の日に限って歌を歌う。ひどく伸びやかで穢れのない声で、でもどこか、苦しそう。

この子から音楽を奪ったらどうなるんだろう。

手に取るように分かる結末に、音楽と離れる未来が来てくれるなと願わずにはいられなかった。

ふらりと来てふらりと来なくなる。
あんなに頻繁に来ていたスナフキンは、少しずつ来る間隔が伸びていった。
それでも三ヶ月に一回は必ず顔を出していたけれど。

なんとなく入った本屋。
雑誌コーナーにスナフキンを見つけた。
へえ、仕事ってアイドルだったのか。

「デビューしたんなら言いなさいよ」

雑誌の表紙で笑顔のスナフキンにそう悪態をつく。
なんとデビューしたのは三年も前だったらしい。
そういえば来る回数が減り始めたのはそれくらいだった。

徐々に三ヶ月だったのが半年に、そして一年に。
スナフキンの本名はあの雑誌で知ったけれど、なんか気持ち悪くてスナフキンと呼び続けた。