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鞄に入れてた小さなタオルで水滴を拭いてやる。
大丈夫ですから、なんて言って逃げようとする彼を止めて無理やり拭いた。
「何してんの、傘は？」
「や、あの、忘れて」
「それさしたら宜しいやないですか、風邪ひいたらお迎えに来られへんでしょう？」
「……俺のちゃうから」
どこで真面目やねんこの人。
敬語なんてものは雨に流してもらって、目の前の彼に問いかけた。
「いつもこの時間まで待ってはるんですか？」
「いやいや、今日はその、たまたまで……」
目を泳がせながら言う彼はそれ以上詮索してほしくないみたいで。
ただの通りすがりの女に言うわけないか、と妙に納得。
「これ使ってください、帰ったら捨てていいんで」
「あかんよ、風邪引くやん」
「すぐそこやから、ええから使ってください」
手に持った傘とタオルを無理やり持たせて名前も知らないその人に背を向けて走る。
空がピカリと光って、大きな音が鳴った。
嵐はすぐそこまで来ている。逃れるように私は、無我夢中で走った。
早一ヶ月。
あの日を境に彼を見かけることは無かったし、雨を待つことも無くなった。
ただ、雨の降る夜は彼を思い出してしまう。
＿＿＿風邪はひかなかっただろうか。
そんな確認のしようがないことを考えては自動販売機を見つめる日々だった。
もしかしたら本当に幽霊だったのかも、なんて。
今日は久々に定時で上がれた。
朝の天気予報では夜中に降ると言っていたからちょうど良かった。連日の疲労を溜め込んだ体に鞭打って家路を辿る。
「あの、」
優しくて温かい声。それが私にぶつけられたものだと気付いたのは自動販売機を数歩過ぎてから。
「……っ、雨のお姉さん！」
ぐ、と腕を後ろから引かれて踵の高い靴はバランスを崩す。人をお天気お姉さんみたいに呼ぶから思わず笑ってしまった。
「……それ私のことですか？(笑)」
「名前知らんから……」
目を逸らす彼は夜の自動販売機に照らされている時よりもずっと人間だ。
ふわりと揺れる髪に、口元に携えたほくろ。
現にほら、少しずつ人間らしく、恥じらいで頬が染まっていく。
「お久しぶりです、雨のお兄さん」
「……丸山です」
彼の声は雨のように、しとしとと私の胸に染み渡る。
嫌じゃない。それどころか心地良ささえ感じた。
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作者名：柿の種 | 作成日時：2018年4月1日 1時
