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端書 : 盂蘭盆 後 ページ24

閉じた目を開く。
体はどこも痛まない。肺には空気が満ちていた。
辺りを確かめると、ただ暗闇が広がっている。
「ここは……何が……」

Aはハッとして自分の手を見た。
ハリのある、何度も消毒して少し荒れた見覚えのある手だ。21の、花盛りの頃の。

「これは……? 」
暗闇に困惑していると背後に覚えのある気配がした。
温かい。懐かしくて、愛しい。
「……! 杏寿郎さま!! 」
振り返れば、そちら側は明るく光を放っていた。

根拠など何もない。ここがどこなのか、冥土なのか死の間際の幻想なのか、皆目見当がつかない。
だが、行かねばならないと思った。

脚を動かす。体は痛くない。
「……なぜ。 ……杏寿郎さま! 」
不意に瑞々しさを取り戻した我が身に一瞬狼狽えてから、Aは駆け出した。光の方へ。

走って走って、肺が焼けそうになる程駆けた。
こんなにも走るのはいつぶりだろうか。そんな思考も、ただこの先へ行きたいという思いに消えた。

走り続けたその果てに、炎の衣を見つけた。生涯にただ一人の人。
「杏寿郎さま! 」
息を弾ませて名前を呼ぶ。
炎の人は振り返る。彼はAに気づくといつもの笑みを浮かべた。
胸が締め付けられる。いつぶりだろうか。どれほどまでにこの時を待ち侘びたことだろうか。

Aは広げられたその腕に飛び込んだ。
祝言の約束をした時に抱き締められたあの力強い腕だ。紛れもなく。
温かく、幸せだった。
「やっと……やっと、お会いできました。お話しなければならない……ことが、沢山……沢山ございます」

そう、伝えなければ。鬼のいない世界のことを。彼らのその後のことを。
だが、それ以上に今すぐ言いたくてたまらない言葉が溢れ出そうになっていた。

心臓が震える。言葉を紡ごうとする唇が震える。
「ずっと……ずっと……」
目頭が熱くなる。涙を堪えなくとも良いのだ、もう。
そのまま雫は目から溢れて頬を伝った。
「お慕いしておりました。杏寿郎さま」
瞳を閉じる。やっと逢えた。

息を吸う。

焦らなくてもいい。いつか魂がまた輪の中に戻るまで、時間はきっと沢山あるのだから。

息を吐く。

ゆっくりと話をしよう。この桃源郷で。
本当だったらそこに続いていたはずの日々を送れば良い。

願わくば、輪廻転生が存在するのならば。
今一度、この人の側へ。

後記→←端書 : 盂蘭盆 前



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設定タグ:鬼滅の刃 , 煉獄杏寿郎 , 煉獄さん   
作品ジャンル:恋愛
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作者名:あくびさん | 作成日時:2021年2月13日 10時

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