拾弐 ページ15
「これは……」
脱線した列車。それに反して血の匂いや、生と死の混沌は感じない。
あの人だ。きっと、こんなことができるのは。
Aは奥歯を噛み締める。
胸騒ぎがしていた。それが、的中してしまった。
今すぐにでも杏寿郎の亡骸に会いに行きたい。抱きしめて、子供のように泣き喚いてしまいたい。
だが、Aは杏寿郎に託されている。戦いの後に、人々を救うことを。
「--っ! 」
倒れた列車から目を逸らして、一般人の方へ駆け寄る。
「重症な方から声をかけてください! あと、頭を打った人も、念のため名乗り出てください! 」
ざっと見たところ200人。彼らをなるべく日常へ戻してやらねばならない。
Aは腹を決めた。
.
一般人の処置があらかた終わり、杏寿郎の援護に来ているらしい隊士の子供たちを探す。
他の鬼殺隊の到着が遅いのは、Aの腕を信頼して、なによりも優先したからなのだろう。
杏寿郎の守った命、一つとして落させはすまい。
探していると、見つけた、3人の子供たちを。列車の影に。
「いた! あなたたち、怪我は--」
続きの言葉は消え失せた。
陽光の中、Aの太陽の姿が見える。
背中が歪に膨らんで、上半身を起こしたまま絶命する、生涯でただ1人の人。
「……っあ」
叫びそうだ。彼の名を叫んで、めちゃくちゃに泣いてしまいたいくらいだ。
……そんなことをしている場合ではない。
救えぬものは救えぬのだ。ならば、すべきは、救えるものを救うこと。
それが、Aの使命だ。
もう一度前を向く。迷うな。それでも杏寿郎の許婚か。
「あなたたち、怪我を見せて! 私は鬼殺隊の医者です! 」
.
列車の影から女の人が現れた時、炭治郎はたしかに激しい悲しみと後悔、深い愛情の匂いを感じた。
その目が、生き絶えた煉獄さんに向けられているのも、気づいていた。
--あの人は煉獄さんの知り合いなんだ。
彼女に声をかけようとするが、腹部の傷が開いて呻き声しかでない。
刹那、彼女は全ての匂いを消した。
覚悟を決めたように、3人に向かって声をかける。
「あなたたち、怪我を見せて! 私は鬼殺隊の医者です! 」
そして素早くこちらに駆けてきた。煉獄さんの遺体には目もくれず、一番重症と判断した炭治郎の治療を始める。
彼女は熟達の戦士のような気迫を纏っていた。
その強い使命感と正義感は、どこか煉獄さんに似ている。そんな気がした。
57人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「鬼滅の刃」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:あくびさん | 作成日時:2021年2月13日 10時