Scene6 -8 ページ8
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頬を包まれて顔が近づくから、ぎゅっと咄嗟に目を瞑った。
身体を固くして何かが起こるのを待つ。
やがてコツンと、額に何かが当たった。
柔らかい髪が間でこすれる。
そっと目を開けば、見えないくらい近くに櫻井先生の顔があった。
額と額がくっついているのだとようやく認識する。
「っ、」
「最初で最後だから、今日だけ…今だけ…我慢してくれ」
すずれたような声が鼓膜を揺らす。
私はただ黙ったまま。
そのわずかな時間を過ごした。
ふいに手が離れていく。
すぐそばにあった呼吸が離れていく。
そおっと目を開いた。
私の視界には困ったような顔をする櫻井先生がいた。
「先生」
「……うん、そうだね。俺はお前の先生だよ」
確かめるように言葉をなぞる。
櫻井先生はふうっと息を吐くと、一転からりとした声で言った。
「俺はね、石動…もう大丈夫だよ」
「あ…」
「あの雨の日に振られた女の子から、昨日連絡があった。よりを戻したいってさ。でも…」
言葉を切って、先生はにこりと笑う。
「ちゃんと断った。断れた……だからもう、大丈夫だ」
「……はい」
私はもう櫻井先生には必要ない。
そしてきっと…。
「お前ももう平気か、石動」
鞄の中にしまい込んだボールペンが思い浮かんだ。
少しだけ、考えて。
私はしっかりと頷いた。
「大丈夫ですよ、櫻井先生」
櫻井先生以上に放っておけない人にはもう出会えません。
続けたかった言葉は飲み込んだ。
先生が欲しいのはそんな言葉じゃないと、ちゃんとわかっていたから。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年6月6日 16時
