Scene5 -9 ページ38
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苦しいのは恋のせい、だなんて、なんだそれ何の歌詞だよ一体。
心の中で悪態をつきながら足早に昇降口を目指す。
「あれ、A」
「っ」
聞きなれた声に名前を呼ばれて立ち止まる。
振り返った反動でプリーツのスカートがゆらりと揺れた。
「二宮先生…」
「ひどい顔してるぞ」
「……そんなことない」
「そんなことあるっつの」
ぐいと二宮先生が私の腕を引いた。
「ちょっと…」
「いいからついてこい。教師命令だ」
「……っ」
知っていた。
二宮先生は実は、すごく優しい人なのだと。
通いなれた保健室。
いつも空いている一番奥のベッド。
この場所にももう、来ることはなくなるのかと思うと涙が出てきそうだ。
自分で思っているよりもずっと、私はこの場所を大切にしていたようだ。
「ほら飲め、俺お手製のホットミルクだ」
「……ありがと」
受け取るとマグカップから熱が伝わって指先を溶かす。
冬の廊下は寒い。
気づかないうちに身体は冷えてしまっていたのだと気が付いた。
二宮先生は自分のマグカップを揺らして私を見下ろしている。
中身はおんなじホットミルクなんだろうか。
黙ってホットミルクを飲み続ける。
底が見えたころ、二宮先生はぽつんと言った。
「だから言ったろ、翔ちゃんはやめとけって」
「っ、」
なんで。
なんで、二宮先生には全部わかってしまうんだろう。
涙がこぼれるよりも声が零れ落ちてしまうのが怖くて私は口を手で覆った。
私の手からマグカップを取りあげて二宮先生は視界からいなくなる。
こぼれる涙をぬぐう手がぬれる。
声を押し殺した代わりにあふれ出す涙が拭っても拭っても頬を濡らした。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年5月17日 15時
