Scene4 -9 ページ29
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すくりと先生が立ち上がる。
頭を撫でていた手は高さに追い付かず滑り落ちた。
あっという間に先生に見降ろされる形になって、私はその大きな目を追いかけて空を仰ぐ。
「だから言ったんだ……お前みたいなタイプは放っておけないって……お前みたいな、心もとないタイプ」
「私そんなですか」
「そんなだよ。お前は気づいてなくてもな……俺はどうしても、弱いんだ、ダメなやつに」
私はダメな女の子らしい。
まぁ、それで櫻井先生が放っておかないでくれるなら、それはそれで悪くない。
雨が降り続いている。
暑かった日々は終わりを告げて本格的な秋がやってきた。
体温を奪う雨は傘を持たない私と先生に容赦なく降り注ぐ。
「お前、確か志望校は俺の母校だったよな」
「知ってたんですか」
「当然だろ。……気にして見てたんだから」
それは放っておけないタイプだったからですか。
それとも。
…それとも。
その先を聞くことはできない。
私は生徒で、先生は教師だ。
常識的で倫理的な櫻井先生にこの質問はタブーだ。
そもそもそんな相手を櫻井先生が想うはずがない。
私はただ単に、「放っておけないタイプ」なだけだ。
言い聞かせながら私は先生の声を聴いた。
「俺の後輩になる気があるなら、特別授業してやろうか」
特別、という言葉が持つ響きを私は知っている。
そしてそれを特別だと思ってはいけないことも、知っている。
高校三年生は、大人たちが思っているよりもいろんなことを知っている。
「ぜひ」
特別なお誘いみたいに先生が言うから。
私はダメな女の子なりに、精一杯の気持ちで頷いた。
好きがあふれることになるのか、愚かな庇護欲が消えていくのか。
どちらに転ぶかわからない。
それでも櫻井先生の近くに行きたかった。
これはコントロールのできないバグであって、たぶん自分では止められないのだ。
冷え切った手に櫻井先生は触れない。
ただ私を家まで送ると行って先に歩き出した。
手にしたブランドロゴの紙袋は雨の日用のビニールに包まれているのにすっかりとぬれてしまっていた。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年5月17日 15時
