８話 ページ10
【月の欠片】であるリズには、ステラ大智帝がかけた魔法の痕を確認することができた。確認するといっても、自身の五感で判断できるわけではない。魔法がかかっているところにはいれば、まるで、そこは自分の領地と胸を張って言えるほどの、深い支配欲に襲われる。魔法と交わっている場所では、守護欲がはたらき、魔法がかかっている場所の中に長居したあとに、魔法がかかっている場所の外にでれば、深い帰省欲に襲われる。
歴代の【月の欠片】は、ステラ大智帝の代わりを務めている。
【智】の集落を支配し、その集落を守り、集落で死のうとする。まるで、生き物の三大欲のように、歴代の【月の欠片】の脳内では、その３つの欲が常にうごめいていた。
それはリズにとっても例外ではなく、不安定な情緒に揺れ動かされながらも、リズは魔法のかかっている場所を歩き周った。何度も何度も何度も。飽きることもなく、淡々と、一種の恍惚に頬を緩ませながら。そして、彼女の体を通して、ステラ大智帝は心の安定を得る。
リズは今、ステラ大智帝がかけた魔法――所謂アルテミラ――と、スーザン伯爵がかけた防御魔法が交わるところに立っていた。
散歩しているときにいつも感じているものだが、本能の力は強いのだろう。彼女は、その守護欲に一向に慣れていない。くすぐったいような、恥ずかしいような、深い愛のような、むずむずする女々しい感情が、ひたすらに彼女の心の中で叫び続けている。それを収める方法は、その場を離れて眠る以外にはなく、アルトの出待ちをしている今、彼女にそんなことはできない。
感情たちを無視するかの如くあくびをした時、叫ぶような蝶番がこすれる不快音が鳴り響く。スーザン邸宅の扉が開いたのだ。瞬間、暇な時間と、苦痛な感情によって歪んでいたリズの表情が、いっきに柔らかくなる。靴を履いていない無防備な足のまま駈け寄れば、相手はそれに気づいたのか、すぐに驚いた顔と心配した顔が織り交ざった顔になる。その百面相にリズが笑えば、相手もリズの方に駆け寄ってきた。
「どうしたんですかリズさん！ こんなところに裸足で。遠かったでしょうに。それに、なんだかつらそうな…」
「心配はいらないわ。すぐにアルトも同じような格好になるのだから。それに、これぐらいはいつも散歩しているもの。【月の欠片】だから、しょうがないわ」
「そっか、ここ旧【智】集落付近だからか。今日はどうしたの？」
「散歩行こ」
後ろで、焦った声と、足音が響いていた。
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作者名：馬酔木姫 | 作成日時：2017年2月4日 16時
