78 ページ30
.
「よう、ショウジ、足繁く通うねぇ。今日もご苦労様。」
マスクで口元を覆った、大柄の6本腕の男がカウンターに座った。鋭い目つきとは裏腹に、落ち着いた口調で言った。
「まぁな、いつ事態が動くかも分からないだろう。
俺はただ、その時を逃したくないだけだ。カミナリこそ、この非常時に大役を引き受けたものだな。」
「まぁ、俺はほとんど成り行きだけどな。
なんだっけ、姫様に恩があるって？」
「ああ、姫は俺の名も知らなければ顔も覚えてはいないだろうし、まして恩だなんて欠片も思ってはいないだろうがな。
俺が、今こうして力になりたいと、こんなところに戦士として立てているのは、他でもない姫のおかげだ。」
ふ、と口元は見えずとも男が笑ったのが空気でわかった。
「それに、そんな人間がまぁ珍しくはないのが、この国とその姫のおかしなところだ。」
「ははっ、言えてるわ。
そんなショウジくんに、VIPなお客様からこちらを。」
スッと高いグラスの脚に指を添えてカミナリがドリンクを差し出した。
透き通った華奢なグラスには、どこか引き込まれるような深い青の飲み物が揺れている。
「なんだって？このギルドに足を運んでしばらく経つが、こんなことは初めてだぞ。」
「ああ、初めてのことなんだよ、ショウジ。」
カミナリは訝しい視線を寄越すショウジにニッと笑った。
「........何が入っている。ごく僅かに、魔力を感じるぞ。」
「流石はショウジ、探知長けてんねぇ。
俺を信じてくれてもいいし、やめたっていい。飲むか飲まないかはお前の自由だよ。」
いつもの軽いノリのはずなのに、どこか底光りするカミナリの目に、ショウジは只事ではないと感じた。もちろんカミナリのことは長年の付き合いで信用はしている。ただこの魔力香る得体の知れない液体を飲むというリスクの高さだ。
ショウジは手元にグラスを引き寄せた。
怪しいことこの上ないにも関わらず、どこか引き込まれるのだ。深い青に吸い込まれるように見つめていると、誰かが呼んでいる気がする。
「まぁ、見ていても埒があかない、か。お前と、この青を信じよう。」
そう言うと、ショウジはグラスに指をかけくいっと飲み干した。飲んだ途端に大きな風が、吹き抜けた気がした。
『........けて、
私を、助けて。
どうか、私とともに。』
やはり判断を誤ったかもしれない、声まで聞こえる、とショウジは一瞬後悔しかけた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 12人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泉
| 作成日時：2023年11月12日 22時
