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_痛い、痛い。涙は止まらない。わかっていた。いちばん自分勝手なのは、わたしなのだという事を。
「A」
唐突だった。うしろから、あの声がした。わたしが逢いたくて焦がれていた、大好きな人の、声がした。
『結っ!ゆい、すき』
言ってしまった。こんな形の告白だなんて、なんてわたしは馬鹿なんだろう。口にしてから後悔する。
「ひさしぶり。俺もすきだよ」
結がそう言ってくれて、とても嬉しい気持ちになった。嬉しすぎて、この感情を形容できるほどの言葉が見当たらなくなってしまう。だから、わたしはただただ、嬉しいのだと思う。
「A、少し過去の話をしよう。」
そう言って結は話し始めた。
「俺はさ、生きてた時からAがすきだったよ。だから、Aのしあわせばっかり願って生きてた。Aのしあわせのためなら俺は、いくらだって死ねた」
言葉の中に出てくる“死”の鋭い響きに背中がひくつく。
「でも今になって思う。俺は、Aのために、生きなきゃいけなかったんだろうなぁって。幼かったんだ。だからすごく、申し訳ないと思ってる。そして、そんな俺だから言う。
生きて。
生きて、Aは、しあわせになって。それからまた逢おうよ」
そう言って静かに微笑む結。
そんな結の言葉からは、意味が伝わってくる、そう感じる、こころがあった。わたしは感極まって、結に叫ぶ。
『生きてても、つらいことしかないよ。くるしいばっかりだよ。しあわせになんて、きっと、なれないよぉ...』
語尾が弱くなる。こんなヒステリックな女、最低だ。結はどう受け取っただろうか。すきって、もうすきじゃなくなっちゃうよね。
「Aは、優しいよ。俺もね、そんなAが、だいすきだよ。だからさ、大切な人を見つけてごらん」
『わたしにとっての、大切な人はさ、両親と、結だけなんだよ』
「うん。ありがとう。すっごく嬉しい。でも俺にとらわれないで。大切な人は、君の傍にいるはずだから」
結の声が、慈雨のようにわたしのこころを湿らせてくれる。
そうして、結の像はほどけていった。その姿を追いかけるなんてことは、もうできなかった。
わたしはこれからも、生きていかなきゃならないのだろうか。でも結に言われたからしかたないよね、なんて。
これからも、世界は回り続け、人は死へ向かって生き続けなくてはならない。
朝が、降り続けるかぎりは。
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作者名:うずのしゅげ x他1人 | 作者ホームページ:https://twitter.com/paskfloro
作成日時:2022年1月28日 16時