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_美術館に着いた。運転手さんにお金と感謝を手渡して、わたしは付近のベンチに座った。久しぶりのブーツの感触がおもしろくて、足をぶらぶらさせていると、心地よく歌うような声が降ってくる。この声は、太宰さんだ。
「Aちゃん」
『お久しぶりです』
言うと彼はなにがおもしろいのか、ふふ、と笑って、わたしの左隣に腰かけた。
「Aちゃん、実は私ね、君と会ったことがあるのだよ」
『いつですか』
「昔」
いつだろう、と頭をフル回転させる。
『わたしが某ドーナツ店で商品を購入している際に、実は太宰さんも店内飲食していたとか』
「違うね」
『本当は太宰さん、わたしと同い年で、幼稚園で一緒に泥んこ遊びをしたことがある』
「違うよ、その上、虚偽の新実をばらすのやめてくれないかな」
まずい。本当に分からない。これは相手にかなり失礼だ。すいません、分かりませんと言ってネタバラシを求める。
「あの日だ。君の中の、空白のページ」
ポツリと、太宰さんは呟いた。わたしにはよく聞こえなくて、『もう一度』と、さっきの言葉の繰り返しを頼む。
「私は君から、両親を奪った」
今度ははっきりと聞こえた。それでも、言っている意味がよく分からなかった。
「私は元マフィア、仕事で君の両親を殺したのさ」
強い衝撃だった。わたしは対応としての最適解が見つからず、ただただ困惑するばかり。
「それでもね、私は君が好きだったのだよ。あの時から、ずっとね」
言うと彼は立ち上がってわたしを見ない。しばらく立ち尽くしたまま「ごめんね」と言って去ろうとする。わたしのなかではさまざまな感情や立場やよく分からない何かでぐちゃぐちゃになって、訳の分からないまま、手を伸ばした。彼のコートを一生懸命掴んだ。
『待ってください』
太宰さんの顔を見ないまま、見切り発車で話しだす。
『たしかに、両親は、大好きです。今も、ずっと。で、本当に太宰さんがこ、ろしてしまった、のだとしても、たぶんそれはしょうがないです。わたしの知らない、いろんな理由が、複雑に絡み合っているんでしょうから』
うまく言えない。後半は涙でにじんでもう、ずびずびになってしまっていただろう。それでもわたしは言葉を止めない。
『だからっ、今はここにいてください』
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作者名:うずのしゅげ x他1人 | 作者ホームページ:https://twitter.com/paskfloro
作成日時:2022年1月28日 16時