「悪戯なワインクーラー」 ページ1
花束なんか抱えちゃってさ。
夜だとはいえ真夏なのに、スーツをかっちり着て。
「俺とデートしん？」
真面目な顔でそう聞かれた。
橙の髪を何時もと違ってしっかり整えて、ついこの間まで残ってた髭も無くなって。
突然の事で驚いて、返事も出さずに言ってしまう。
「てっちゃん、そっちのが格好良いよ。」
「と言うことは、イエス？」
「それとこれとは違う。」
明らかにしゅんと下がる眉に、少し巻かれた下唇がどうしようもなく可愛いもんだから困るのだ。
「デートって、何よ。」
「デートはデート！俺に一日くださいって言う話。」
拗ねたままぶっきらぼうに答えて、外方を向く。
でも寂しいみたいで、直ぐに此方を向く。
可愛いな此奴。
「てっちゃんとデートね、デートか。」
「楽しませるよ？自信あるし。」
「例えば？」
「サプライズ感薄れるから嫌だね。徹夜でプラン考えたんに。」
私の一言一言に食い下がる彼は必死で、申し訳ないが矢張り可愛いが先を行ってしまう。
何かを言えばそれに応じてくるくると変わる表情は、見ていて飽きない。
「プラン聞かなきゃ期待は出来ないなー。」
「っ....ディナー！ディナーも、ランチも！良いとこ見つけた！それで....もうっ！」
再びぷいっと顔を背けた彼。
一連の流れをキッチンから眺めていたマスターが私の肩を軽く叩いた。
「こーらAちゃん。てつや君をそう弄ってやりなさんな。」
その言葉でふと我に帰るも、笑いが込み上げた。
「てっちゃんさ、フラクタルにその格好は合わなさ過ぎ....！」
「馬鹿げえ！こっちはAの為に気合入れて来たんじゃい！」
サイエンスバー、フラクタル。
化学とカクテルと、偶に東海オンエアが楽しめるこのバーに、彼は頻繁に訪れる。
良く言えば常連さん、此処で働く私から見ればナンパしに来る人。なのだが。
如何せん私達は親しくなり過ぎたのだ。
出会って三年という時の流れは、恐ろしく早く感じた。
笑いながらも依然拗ねたままの彼から花束を受け取る。否、盗み取る。
橙色の秋桜。
渡す花がメンバーカラーだなんて、変な所が忠実だな。
そんなことを考えながらも、花束をキッチンの片隅に置いて作業を始めた。
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作者名：或 | 作成日時：2020年5月8日 7時
