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「お母さん」
「ん？」
「入るよ。押すよ？ピンポン」
「……うん」
私と母は家の前にいる。菊池くん家の前に。
母は学校を辞めると言ったときに「そう」で終わったし、菊池くんも両親には何も言われなかったらしい。
「押す、よ？お母さん」
「押していいって」
母と学校に面談に行った日、菊池くんも面談だった。お母さんを連れて。
私と私の母、そしてお母さんを連れた菊池くんは1瞬廊下ですれ違った。
本当に一瞬。
母は、何巡年ぶりの再会にもなる菊池くんのお母さんを一目見て分かったらしい。
いや、きっと見たんじゃなくて、感じたんだと思う。
その日は、それだけだった。
そして今日、私と母は菊池くんの家の前にいる。
学校を辞めた私と菊池くんは、小さいアパートを借りて二人で過ごすことになった。
ずっと家の中に感じていた、違和感。血がつながってしまっているからわかってしまう違和感。
それは母と父が愛し合っていないからで、そんな陳腐な言葉で片づけてしまうのは惜しいけど、そうとしか言えない違和感。
学校からも家族からも、すべての組織から逃げ出すことにした私たちを母は咎めなかった。
今日は、一応2人で暮らす前に、顔合わせ？って言ったら結婚するみたい
結婚をするわけではない。けれど、一応会うことになったのだ。両家で。
たぶん、私の母と菊池くんの母が会いたかっただけ、なんだと思うけれど。
『ピンポーン』
温かみのない機械音が鳴る。
「はーい」
温かい人の声がする。
「いらっしゃ、い」
菊池くんによく似た、キレイな女の人が出迎えてくれた。
その瞬間、母と菊池くんのお母さんとの間に妙な緊張感が走る。
「ひさし、ぶり」
その後二人は、積もる話が合ったのだろう。
一応顔合わせ？というていだったのに、私も菊池くんもほったらかしで二人の世界に入っていた。
家庭を持ち、社会に捕らわれた二人は、たとえ愛し合っていたとしても離婚という選択はしない。
これからも、心から愛しているわけではない夫と一生を生きていく。人類愛で
人生とはきっとそういうものなのだろう。
「ん、なぁに？」
菊池くんの手が私に触れた。温かい。
「A」
「だからなに？」
「名前、呼んだだけ」
幸せだと思った。形のない幸せに震えてる。
「A」
今度は母に呼ばれる。
「Aは、ずっとずっと私の大事で、愛してる娘だからね」
私への愛は、本物だったらしい。
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作者名：日向(ひなた)
| 作成日時：2018年8月8日 19時
