第31話 きみありて ページ32
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出航を知らせる汽笛が港に響きわたる。
強い日差しが吊り橋と海面に反射する。
潮風がそよぎ、鴎が鳴き声をあげて飛んでいく。
遠くで清らかな鐘の鳴る音がしていた。
街を見下ろす丘に、男は立っていた。
見つめるのは、緑と薔薇に囲まれた墓地だ。
整然と並ぶ無数の白い墓石が太陽に照らされて橙色に輝く。
“ここはどこ？”
驚きを込めて、Aは目の前の男に向けて呟くが、声が出ない。
立っている男は、白色のコートに、青とも紺ともいえる髪。
歯車のようなアホ毛？が印象的なその男は
墓石に凭れかかるようにして寝そべると、空をぼんやりと眺めていた。
どこかファウスト理事長に似た雰囲気を感じさせる男。
男が、ふいに声をあげた。
「……後、何年待てば貴女は私の元へ来るのです？」
男にAの姿は見えていない。
Aがちらりと墓石に目を向けると、��S.FAUST�瓩諒源�が見えた。
其れが誰なのか、Aには判らない。
ただ、確信があった。
この墓に眠る人は、男にとって大事な存在なのだ、と。
その存在に向けて、男は言葉を紡いでいるのだ、と。
墓石に頭を凭れさせ、墓石の後ろに寝そべる男の姿は、一般的な墓参りの様子とは大きく異なる。
けれどAからすれば瞭然だ。
疑う余地もない。
男の行為が墓参りか、否か？
――当然、墓参りだ。
「時計の針で貫かれた次は、
どれだけ貴女は＿＿＿に愛されているのでしょうね」
？誰に愛されているのだろう。
その部分はノイズがかかっているようで聞こえない。
遠くを見ながら、どこか感傷的な表情をする男。
ゆっくりと立ち上がりならが、Aの方に向かって歩いてくる。
が、男はAにぶつかることなくすり抜けた。
「私はずっと、側にいるというのに」
すり抜けざまに聞こえた言葉。
真実なのか偽りなのか、見当がつかない。
何故だがAは胸の奥がチクりと痛んだ。
墓に眠る人物は知らないが、男がひどく懐かしく思えた。
側にいるとはどういう意味なのか？
気になって男の方を向くけれど、Aの足は動かせずそこからはその背中しか見えない。
男は背中を向けたまま、さくさくと歩き出す。
“待って！”
手を伸ばすが、男が振り向く様子はない。
男が愛しかった。
男が恋しかった。
男の姿が見えなくなってから、そんな感情がAの中から溢れてきた。
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作者名：森ミク | 作成日時：2020年2月11日 19時
