【アルスマグナ】勝手に親衛隊 短編集

『嬉し雨のち、晴々おはよう』 泉奏 ページ19

「あ...」

今日も寮から出るタイミング一緒だった鬼の風紀委員長
人見知りな私は会釈だけして小走りでカイロス女子寮から学園へ向かう

私が学園の花に水をやるために毎朝早起きをするようになったのは新学期が始まってからのこと
それからずっと毎朝、同じ時間に同じ場所で顔を合わせる彼、泉奏
最初は風紀委員長だからと思っていたが、そうではないらしく、毎朝水を撒いていると聴こえてくる顔と雰囲気の怖い彼が奏でているであろう綺麗なピアノの音に耳を澄ませるのは既に日課になっている
毎朝同じ時間に学園へ向かうのだから挨拶の1つでもやればいいのにと自分でも思うが、そんなこと絶対に無理だ怖すぎる
そんなある日、事は起こった


昼から土砂降りになるという天気予報は当たり、学園から寮までの距離が近いからと言って走っても濡れ鼠になるだろうと言う程、雨が降っている放課後、生徒用玄関に彼はいた
傘を持っていないのか、止みそうにない泣き空を見上げたまま、立ち尽くしている
生真面目な彼のことだから天気予報くらい確認してそうなのに
ふと最近使っていない鞄に入れたままの折り畳み傘を思い出した
念のためにいつも使っている傘を持ってきているし、少し小さいが折り畳み傘の方がシンプルなデザインをしている
きっと彼でも使えるだろう
靴を履き替え、折り畳み傘と普通の傘を持ち、なけなしの勇気を振り絞って声を掛ける

「あの、傘、ないの？」
「え？あ、はい。今朝、天気予報を見てなかったので忘れたんです」
「良かったら、これ、使って
私、2つ持ってるし、傘は明日の朝にでも返してくれればいいから」

ずっと下を向き、彼の顔を見らずに傘を押し付けて帰路に着く
顔が暑い胸がドキドキする彼と話せたという事実が嬉しい
おはようの一言も言えなかった私があんなに話せた
大泣きの空が嬉し涙に見えるのはきっと私だけだろう
明日の朝は絶対おはようを言おう
今日頑張れたんだ、きっと明日も頑張れる



『おはようございますAさん』


彼が何故顔見知りなだけの私の名前を知ってるのか、そのことを知るのはもっとずっと後のこと

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