拾ってください【短編集】【BL】 (ページ43)

今日:2 hit、昨日:0 hit、合計:33,002 hit

moonletter【ST 黄×黒】ページ43

『月が綺麗ですね』

何時だか、かの有名な人が遺した言葉。
今となっては多くの人が知っている言葉。ちゃんとその意味まで。
でもきっとあいつは知らないんだろうな。
月が綺麗ですね。なんて言っても、あーほんとだ、きれー！なんて目を輝かせるんでしょ。無知も程々にして欲しい。もっと本読めよ。
でも、たくさんの知識を得てしまったら、俺に聞いてくれなくなっちゃう。
矛盾した感情を抱えながらぼんやりと暗闇に浮かぶ月を眺める。
何故だか、今日はやけに大きいように感じて。不意に手を伸ばしてみる。届きそうな距離に居るのに届かない、大きくて、丸くて、輪郭の見えない、輝く月。
伸ばした手は、当然届くことはなくて。ぎゅ、と握ってみてもなにかを掴むこともなく自分の皮膚の感触が伝わるだけ。
ひとつひとつの行動に虚しさを覚えて。握りしめた拳を下ろし、見つめる。君色に染めた爪。綺麗に彩られていて、混じったラメがどこからか来た光に反射して、一瞬だけ輝きを放つ。
こーちみたい。なんて思えば、瞳を閉じ、"それ"を額にあてる。
こんなことができる日にはもう、死んでしまってもいいかもな。
…どうせ、無理なんだから。
諦めを含んだ息を零せば、自嘲するように笑う。
いつからこんなにあいつのこと好きになったんだろう。
いつからこんなにも女々しくなったんだろう。
いつから…こんなに弱くなってしまったんだろう。
もう何年も前のことだから、覚えているわけがない。むしろ覚えていたら、俺の記憶力を褒めて欲しいくらいだ。
でも、苦しさからか、ただ月日が経ちすぎただけか、もう忘れてしまった。きっと、一緒に居た時間が長すぎたんだ。生活の一部になってしまうくらいに。