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有償の愛 ページ4

総合的に見た人生のプラスマイナスが皆一緒だ、なんて傲慢だと思う。

 人生山あり谷ありとかいう言葉が酷く不愉快に感じるようになったその日、僕は、多分その日だけで見たら世界中で一番か二番くらいに不幸な人間だったと思う。
 思い出したくもない、大学二年生のクリスマスの日だ。クリスマスケーキを売るバイトをして、売れ残りを持ち帰って、うちは一歩遅いクリスマス会だねって、つい一昨日話したばかりだったのに。おんぼろアパートの自室の電気は消えていて、おそるおそる家の玄関を開けた。別に何ともなかったけれど、誰もいないみたいに静かだった。そして、本当に誰もいなかった。
 結論から言えば、母は父と離婚の意を示してそのまま実家へ。妹は大学生の彼氏と駆け落ち。そしてこれは後から分かったのだが、父親は借金取りに攫われたようだった。
 そんなこともつゆ知らず、手紙も連絡もない父を、俺はずっと待っていた。知らぬ間にクリスマスの夜は明けて、気が付いたら大晦日が明日に迫っていた。何の記憶もなかったが、除夜の鐘が鳴るころにやっと俺は、この家に誰も戻ってこないことを理解した。――

 「なぁ、こんな話楽しいのか?」
ベッドに寝転ぶ彼女に尋ねると、小さな肯定の返事が返ってきた。
「楽しいよ、小説のインスピレーションにもなるし。何回聞いても不思議と飽きないしね。」
「そういうもんか?」
「ん、そういうもんなの。」
それだけ言って彼女はまたごろごろと寝返りを打ち始めた。半年ほど前、俺は彼女に繁華街で拾われた。酔いつぶれて道端で眠っていたらしい。その頃の俺は、キャバクラやいわゆるいかがわしい系のお店に足繁く通っていた。誰にも興味を持たれていなかった過去から目を背けたくて、金で買った興味と愛に、酒とともに溺れていたかったのだ。俺を拾った彼女は、そんな俺にずっと付きっ切りでいてくれた。「君が望む限り、永遠で無償の愛をあげる」と言ってくれた。分かっている、こんなものを愛と呼ぶはずはない。こんなものは、欺瞞だ、嘘だ、依存でしかない。それでも、捨てられはしなかった。

 多分あの興味がいけなかった。ほいっと彼女の机に置かれていた紙の束。そこに自分の名前が見えたから。それは母から彼女に宛てられた手紙だった。あの夜のような不安と恐怖が全身を駆け巡る。知りたくなかったのだ。無償の愛なんてない。何かしらの事情が僕らを作っている。

 それでも無償の愛が欲しかった、ずっと昔の冬の話。

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作者名:蒼藍  Ai Aoi | 作成日時:2020年6月14日 0時

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