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────────六年前の九月中旬
密行が終わり、退勤時間になった私は署内の自販機の傍にあるソファに志摩が座っていることに気づく。
声をかけるべきか、迷ってしまった。心臓が嫌な音を立てる。
缶コーヒーを片手にぼんやりと遠くを見る志摩の姿が危うく見えた。このままじゃ志摩が遠くへ行ってしまう、そんな気がしてならない。怖かった。
「よ、お疲れさま。」
「…A。退勤時間か?」
「そう。密行終わって、これから帰る。」
「お疲れ。」
一度目があって、それからずっと視線が交わらない。いつも通りに見えて、抜け殻のように中身が空っぽだ。志摩は、なにを見ているのだろう。わからなくて、怖い。綺麗な横顔に影ができて、不安を煽る。
捕まえておかないと、いなくなる。手を伸ばそうとして腕を動かした。そこで私は、自分にできることが何かを見つけられないままでいたことを思い出す。
手を伸ばして、捕まえられるのか?
中途半端な私の手で、志摩を引き止めることができるのか?
私が躊躇って、伸ばしかけた手を空中で彷徨わせている間に志摩がソファから立ち上がり、"じゃあ"と言っていなくなる。残された私は、手を下ろして強く強く握りしめた。
志摩の深いところに手を伸ばせなかったのは、私に何もなかったからだ。
何もない、私だったから。
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みず。(プロフ) - 樹さん» はじめまして!たくさんの嬉しいお言葉ありがとうございます…!励みになります!! (2020年10月11日 17時) (レス) id: 8c2fd9630e (このIDを非表示/違反報告)
樹 - はじめまして。菊の花に縋る、MIU夢の中でも一番に好きな作品です。初めから読み直しては毎回志摩さんと主人公さんの距離にきゅんとしています。評価の星が複数回押せないのがもどかしい!続き楽しみにしています。 (2020年10月11日 8時) (レス) id: c294f25bdb (このIDを非表示/違反報告)
みず。(プロフ) - リトルバードさん» はじめまして!とても嬉しいです…!ありがとうございます!! (2020年10月6日 20時) (レス) id: 8c2fd9630e (このIDを非表示/違反報告)
リトルバード(プロフ) - みず。さん、はじめまして!主人公ちゃんと志摩さんの微妙な関係がすごく現れていて読んでてキュンキュンしました!更新楽しみにしています! (2020年10月6日 18時) (レス) id: fd0b490cca (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:静 | 作成日時:2020年9月21日 23時