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＊
「…ここだ」
ニノにおしえてもらった番号のプレートがかがげられた部屋のまえでわたしは足をとめた。
おおきく深呼吸して、わたしはふるえるゆびさきをインターフォンへむけた。
とまどうな。
ためらうな。
ここまできたんだから。
ぽーん…
わたしのひとさしゆびはそっとベルをならした。
どれくらいのじかんがすぎたのだろう。
わたしにとってはものすごいながいじかんに感じた。
なにも考えることがなくて。
あたまはまっ白というよりもクリアすぎて。
からだはふあふあ浮いてるみたいで。
こころもとなくなって、わたしは自分のつまさきをじっとみつめていた。
でも、たぶん実際は数秒で。
ゆっくりひらいたドアのノブにそえられていた手が視界にはいり。
わたしは突っ立ったまま、ぴくりともうごけずに。
つぎのまばたきのときにぽとりとなみだだけをおとした。
その瞬間わたしのからだはほんとうに宙に浮いた。
「…っ」
ぱたんと音がしたからドアがしまったんだと思った。
ニノの家みたいなおおきな窓から都会の夜景がみえたから部屋にはいったんだと思った。
ひっぱられたはずの左手が自由になっていたから、
あたまと背中にまわされたうでがわたしをぎゅってするから、
ほっぺたとほっぺたがくっつきそうだったから、
つつまれたからだがあったかかったから、
ちらっと横をみたらキャラメル色の髪がみえたから、
ああ、ちゃんとあえたんだと思った。
わたしの両目からはかわいげもなくぼとぼととなみだがあふれでてきて。
手にもっていたかばんをとすんと床におとすと。
まあるい背中をたしかめたくてゆっくりふれてみた。
「…さ、」
何度も何度もよぼうとしたなまえ。
ずっとずっとよびたかったなまえ。
でも、声がかすれてうまくいえない。
すると、顔の位置をすこしずらして、わたしの耳もとでちいさくささやいた。
「A… ちゃん？」
…なんで、疑問形よ。
わたしはふふっと思わず笑ってしまった。
「A、ちゃん？
Aちゃん… A…？」
そっか。
はじめてわたしのなまえをよんだからなんだね。
「智くん」
ふるえてはしまったものの、わたしは今度こそはっきりと声にだした。
だからね。
もう１回。
「智くん」
ううん。
「…智くん」
あきるまでよばせてよ。
「A」
うん。
よんでくれるなら、なんでもいいよ。
＊
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作者名：ひか | 作成日時：2016年1月19日 17時
