8話 本音はいらない ページ12
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実況収録を終え部屋を出ると、出迎えたのは整理されたリビング。
ベランダでは洗濯物が風に揺れ、食卓には昼飯であろう焼きそばが出来ている。
『ナイスタイミング。お昼できたよ』
「……おー」
今朝、『家事ぐらいやるよ』と言ってくれてはいたけど、まさかここまで完璧にこなされているとは。
予想外、と言ったら失礼だが、予想を遥かに上回る出来に、感嘆の混じった返事が零れた。
最初は不安だらけの同棲生活だったが、Aが家事を担ってくれるなら、俺は実況に専念出来る。
Aも住む家を確保出来てる訳だし、これはお互いにwin-winの関係なのではないだろうか。
「……あれ?今日って水曜だよな?」
『うん、そうだよ?』
「お前仕事は?」
ダイニングチェアを後ろに引いた時、ふっと疑問が過ぎる。
そうだ、確かAは広告代理店に勤めていたはず。
ゲーム実況者の俺が家に居るのはともかく、Aは俺の家で家事なんてしてる場合ではないのではないか。
『あぁ、それならご心配なく。溜まってた有給を消化して、今週は休み貰ってるから』
「失恋休暇ってとこ?」
『まぁ……そんな感じ?急に休み貰っちゃったし、会社には悪い事したけど』
椅子に腰掛けたAは、顔にかかった髪を耳にかけながら答える。
という事は、Aがこんな風に俺の家で過ごしてくれるのは、最大でも日曜までという事だろうか。
「あのさ、」
"仕事辞めてここにずっと住めば?"
と、不意に口から出そうになった言葉を慌てて飲み込む。
『……ん?どうしたの?』
「いや…………昼ご飯、ありがとな」
『うん?どういたしまして?』
不思議そうに俺を見るAに「冷める前に食べようぜ」と声を掛けると、まだ腑に落ちていないであろう彼女はこくりと頷く。
香ばしいソースが香る焼きそばを啜りながら、先程言いかけた台詞に自分自身が驚いていた。
余りにも、俺に都合の良い台詞。
単なる冗談や思いつきならまだしも、内心本気でそうなればいいのにと思ってるからタチが悪い。
それに、
Aに断られでもしたら……
そんなつもりはないと出ていってしまったら……
悪い妄想ばかりして、勝手に一人不安になる。
本音を伝えて最悪の状況になるぐらいなら、
俺はいつまで続くかわからないぬるま湯に浸っていたいんだ。
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作者名:あお | 作成日時:2022年3月1日 18時