episode：2.5 ページ4
それはいつもの日課だった。
規則的に吐く短い呼吸。静まり返った明け方の時間。リズミカルな足音。
脳裏にちらつくあの日の出来事を消し去るように、私は毎日走り込みをしていた。
まだ完全に日が昇る前。そのおかげで目隠しをしなくてもフードか帽子をしていれば大丈夫。
肉眼で見れる綺麗な景色。
私の心穏やかな時間。私にしか分からない、私だけの私にとっての特別な時間。
目の前から走ってくるフードとマスクをした若い男の人。
お互いがお互いを避けようとして、結局お互い立ち止まってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「こちらこそ」
それだけの会話をしてすれ違った。
それからだった。
次の日
「あ、あの時の、また譲り合っちゃいましたね」
「ああ、あの時の…悪い」
「いえいえ。お互い精がでますね。では」
また次の日
「…ふふ。また同じ方向ですね」
何日も、何度も、同じ方向に譲り合ってしまううちに、フードの彼と数分だけ話すようになった。
「そう。雄英希望なんですね」
「そういうアンタも。学科は違うがお互いやれることはやろう」
ある日。そんな話をした。それで、フードの中身の正体が分かってしまったのだ。声、性格、個性。
あなた、轟焦凍でしょ
そう言いたかった。しかし、私は彼らと関わる気はない。
その日から、私は決して変えなかったルートを変えた。
しかし、つい癖で足が向かってしまった日。彼の姿を確認して慌てて近くに隠れた。
いつもぶつかる地点で彼が立ち止まり飲み物を飲む。
ひとつ息を吐き、汗を拭う。彼の視線の先は私が走ってくる方向。
何分ほどいたのだろうか。腕時計を確認した彼は、再び走り出した。
彼の瞳が、どんな気持ちを抱いていたのかなんてわからない。
ただ、彼の後ろ姿がなぜが少し寂しそうに見えた。
その日は彼の後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
もし、雄英で話すことになったら「足を痛めたから辞めた」ということにしよう。
「ばいばい。轟焦凍くん」
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作者名：あおい | 作成日時：2023年4月15日 21時
