これっきりにしよう ページ15
医「き、たみ…？」
「そう。北見」
私の苗字を口にしてから、彼の顔はくしゃっと歪む。
泣きそうな、顔。
医「もうここには戻らないつもりなんですか」
「うん」
医「そんな…」
震える声が、また私を呼ぶ。
今度は"A先生"って。
医「ほんとにほんとに戻って来ないんですか」
「出て行く時、君にはそう言ったはずだけど」
徐々に厚くなる膜は膨れて、雫となって零れ落ちそう。
それでも目の前の彼は泣くまいと唇を噛み締めていた。
「もういい？私、あの人のとこに行かなきゃいけないの。じゃあね」
歩き出してすぐに私を呼ぶ声がまたしたけど。
振り返ることはしなかった。
辿りついた場所はロッカールーム。
一番奥のロッカーを開けようと手を掛ければ"櫻庭"と書かれた名前のシールが付いていた。
この病院を出たのは随分前だというのに、まだ私用のロッカーを残してあったのか。
何だか笑えてきてシールを乱暴に剥がす。
掌の中でぐしゃっと丸めて、ゴミ箱に放り込んだ。
バッグから白衣を取り出して、羽織る。
ネームタグも首から提げた。
そっと、胸元の赤い刺繍をなぞる。
もう、これっきりにしよう。
今日帰ったら白衣も名札も、ここで使っていたペンやライトも全て処分だ。
こことの繋がりになるものは何もかも捨ててしまえ。
バッグをロッカーに入れて、慣れた手つきで鍵を掛けると、ロッカームールを出た。
向かう先は勿論あの人の所。
グレーの扉の前に立つ。
壁に貼り付けられているアクリルの板に彫りこんであるのは"病院長室"の文字。
心を落ち着けるように深呼吸をしてからノックする。
「失礼致します。Aです」
櫻「入りなさい」
声がかかって、中へと入る。
櫻「久しぶりだね、Aちゃん。
ようこそ。我が帝華大へ」
華々しい賞状やトロフィー、楯がずらりと並んだ棚。
白いソファや椅子に白い机。
飾られた季節の花。
趣味の悪い絵画が飾られた壁。
それらを通り抜けた一番最奥。
デスク前の革張りの椅子に座っている人──。
帝華大学病院、病院長。
"櫻庭 裕二"
「ご無沙汰しております。お祖父様」
私の、祖父。
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霜月(プロフ) - ゆんすずさん» コメントありがとうございます！応援して頂けて非常に嬉しく思います。これからも頑張りますので、宜しくお願いします！ (2018年12月17日 23時) (
レス) id: 7faa8b6556 (このIDを非表示/違反報告)
ゆんすず(プロフ) - いつも楽しく読ませて頂いております！！更新大変ですが頑張ってください！！応援しています！ (2018年12月15日 1時) (レス) id: 67b7d75cd8 (このIDを非表示/違反報告)
霜月(プロフ) - snake20xjapan04さん» コメントありがとうございます！嬉しいです！頑張って更新しますのでこれからも宜しくお願い致します。 (2018年10月10日 20時) (レス) id: 7faa8b6556 (このIDを非表示/違反報告)
snake20xjapan04(プロフ) - めっちゃ面白い！です。これからも楽しみにしてます。 (2018年9月26日 17時) (レス) id: b0aeedf16f (このIDを非表示/違反報告)
霜月(プロフ) - 白兎さん» ご報告ありがとうございます。私もその作品を拝見したのですがあまりに似ていて驚きました。でも、どう対処するかまだ検討中なので…。暫くは様子を見ようかと思っております。 (2018年8月10日 0時) (レス) id: 7faa8b6556 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：霜月 | 作成日時：2018年7月13日 23時
