６. ページ7
…
「そんなモノなくても、、おれ頑張るから…」
ひかるはアツアツの素足をからめ、唇やあごや首筋に
短いキスを降らせてきた。それ以上も以下もしないで、
窓に映って消える小鳥のように、心の窓を掠めて誘う。
切ない程の緊張が走って、そこで記憶が途切れている。
…
「やぶ、ごめん、、すぐコーヒー淹れるね…」
翌朝。ひかるがめずらしく、寝坊をした。
ふらふら立ちぼうけている恋人を尻目に、俺はいよいよ
ホーローのドリッパーにお湯を落とし「の」の字を描く。
初めてひかるにコーヒーの淹れ方を教えてもらったとき、
俺はこの工程を「なんか拗ねてるみてぇだな」と一蹴し、
ふたりで顔を見合わせて笑ったことを、思い出していた。
パジャマ姿のひかるは、のりで貼りついたみたいな瞼を
両手でくりくりと擦りながら、「おはよう」を言うのも
忘れている。
「これぐらい自分でやるから、顔洗ってこいよ」
「……でも、おれ……やぶのコーヒ、……」
「んな、寝ぼけたままやったら火傷するだろ？」
真ん中に、ちいさく、静かに注ぐ。
こんな些細なことで苛ついて恋人を傷つけてしまう俺を
ひかるはけっして見捨てない。
俺の心の棘を丸くする方法をいつも一緒に探してくれて、
こうして離れず、煽らず、背中に顔を埋めてきたりする。
コーヒーのほろ苦い匂いが好きだ。目をつむっていても
ひかるをすぐそばに感じられるから。
「起きたらやぶいなくて……さみしかった……」
「……ん。準備できたら一緒に朝メシ食おーな」
頭にぽん、と触れると、空気が入れ替った。
ひかるの安心しきった笑顔につい、気が緩んでしまって、
マグカップからあふれ出たコーヒーで、俺が火傷をした。
…
「……うげ、マジかよ、」
久しぶりに朝食を共にして、わかったことがある。
俺の恋人は、ナイフを押しあてるだけで卵液がじゅわっと
染み出てくるカロリーの塊(フレンチトースト)を、
朝っぱらから吸い込むように頬張るのが日常だったらしい。
そのうえ、チョコソースに蜂蜜、生クリームで着飾ったり
するもんだから、見ているだけのこっちまで胸やけが酷い。
「そのままでも美味しいけど……
もっとおいしく食べたいもん」
と、ひかるは口の端っこから溢れたクリームを親指で掬い
舐めとりながら言うのだ。
それから、絶え間なく色気たっぷりに動くひかるの口元を
＜汚い人＞を見るような目でじーっと見つめ続けてやった。
昨日の夜、ひかるが俺にそうしたように。
…
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 191人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
なつな - 初めまして。いつも拝見させて頂いております。ひかるくんが可愛すぎて撃沈しました。何度読ませて頂いても、美しい世界にうっとりします。大好きです。これからも応援しております！！ (2021年6月27日 0時) (携帯から) (
レス) id: f6711a1d35 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - ころねさん» やぶひかちゃんの可愛さに癒されてもらえて何よりです＊本編も可愛く切なく書いていきます*^^* (2020年1月30日 15時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - しろくまさん» そういう切ない一面もありますよね…(; ;)けど、この頃にはふたりが薄っすら同じ未来を見始めているというか、ひかるくんもいい意味でふたりの終わりを見失っているのかなと、、結局ずーっと一緒にいちゃったねって言えますように＊その辺りも本編で＊ (2020年1月30日 15時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - hiさん» お久しぶりです(´ω`)コメント嬉しいです＊互いに振り回されたり振り回したり、それで結局愛を再確認したりして、ズブズブ抜け出せないふたりなのかな、と。ここまできたら微笑ましいです…(´ω`) (2020年1月30日 15時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
ころね(プロフ) - やぶひかちゃんかわいすぎました！本編も楽しみにしてます! (2020年1月25日 12時) (レス) id: cee1da3861 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：しょこる
| 作成日時：2019年8月24日 22時
