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…
「キスとかそういうんじゃないんだ…」
「キスより手料理がだめでしょ」
"店の飯はいいの？" "もちろんいいよ"
八乙女がカラッと歯を見せて笑って、失せかけていた
食欲が腹の底から湧いた。
「冷める前に食べてっ」
「だなっ」
ようやく、と箸を入れたままだったロールキャベツの
断面を見て俺は目を丸くした。
ぎっしり詰めたミンチにウズラの卵が隠れていたのだ。
取り立てて意味はないけど。
…
火曜日、水曜日、木曜日。
給湯室で短い時間抱き合ったり、社内メールで可愛い
喧嘩も少し。八乙女の存在は単調だった会社員生活に
十分過ぎるぐらいのスパイスを与えてくれた。
胃袋どころか五臓六腑を掴まれ、骨抜きにされている。
「なんだかんだ洋食ってはじめてかもね」
テーブルで待っていると、オムライスが運ばれてきた。
流行りの土砂崩れ系オムライスじゃなくて、薄い卵が
好みに合って嬉しい。
「サラダとスープもあるよ〜」
八乙女は歌うように言って両手にサラダを持ってきた。
ガラスのちいさなボウルにパリッとした鮮やかな緑色。
と、赤。
「…ひかる待って」
はっきり手に取れるような違和感に気色悪さを覚えた。
正夢を見ているような、むしろこれが夢の中のような、
あまりにも都合が良すぎて。
「俺のやつだけトマト入ってないんだけど…」
八乙女のボウルにはミニトマトが３つ、俺のにはゼロ。
「ごめん、入れ忘れてたっ」
「いや、いいよ」
サラダを持って踵を返した八乙女の腕を掴んで止めた。
振り返った八乙女が青い顔をしてるように見えるのは
俺の思い過ごしだろうか。
「……俺トマト苦手だから、」
一秒後、八乙女は０から１００に口角をあげて笑った。
「へぇ、、そうなんだ。偶然…」
スープ入れてくるね、と背を向けられて、話はそこで
終わった。
俺がトマトを苦手だって教えた人間は、ごく一部だけ。
家族と、昔の彼女と、営業部の同期と、＿＿営業部長。
"接待もあるんだから好き嫌い無くしとけよ"
"すいませんっ…"
台所で歌うようにスープをよそっている恋人を信じて
明日からも甘い生活を楽しみたいから。
俺は今１番会いたくない奴に、誘いのメールを送った。
「……よぉ」
待ち合わせた駅前、奴は街灯の下で優雅に手を振った。
またスーツを新調したらしい。紺のネクタイも新顔だ。
とにかく卵をたくさん産んでは消えていく弱肉強食の
営業部。７人いる同期のうち、たった独りの生き残り。
伊野尾は食えない男だ。
…
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しょこる(プロフ) - みきさん» ほかのお話も読んでいただけるということで、、気に入るものがあれば嬉しいです^^ (2020年6月17日 18時) (
レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - みきさん» 素敵な言葉の数々をありがとうございます＊こちらはもうずいぶん前に書いたお話なのですが、こうして見つけていただき、感想までいただけて、羊ヘアのひかるくんが笑いかけてくれているような温かい気持ちになりました。 (2020年6月17日 18時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 本当に素敵なお話を有難う御座いました。他作品もじっくり拝読させて頂きます、素敵な出逢いに感謝：：突然の長文コメントを失礼致しました、。 (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 紡がれる文字、全てに開いた口が塞がりませんでした。一気読みを終えた後、ホッとするようなあたたかい気持ちに心が溢れるだけでなく、言葉にできない高揚感をも同時に得たのははじめてでした。この感動をうまく言葉に出来ず稚拙な文での感想となり申し訳ないです、;; (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - はじめまして。コメント失礼致します。はじめてしょこるさまのお話を拝読致しました…なんで、どうしてもっとはやく出逢わなかったんだ私…！！としか思えませんでした、: : 設定や情景1つ1つに息を飲んだのは勿論のこと、それらを表すしょこるさんの言葉選び、 (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：しょこる
| 作成日時：2019年2月14日 23時
