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「降りますっ、すいませんっ…」



黒のレザージャケットに黒のボトムス。インナーは
無難に白にしたけど、チゲが飛んだらシミになって
目立つからちょっと後悔している。

ついさっき電車に乗り込んだ向かい側からホームに
降りて7番出口の階段を上がれば、もう目と鼻の先。



八乙女のマンションは、神経質な細工をあしらった
ベッドランプみたいに夜空を蜂蜜色に照らしている。







”ひかるが好き”







お目当ての部屋は2階だ。エレベーターは使わず
階段を踏みしめながら、2階でまだ良かった、と、
気持ちを落ち着けた。



あまり高いところまで昇ると、落ちたときが怖い。







「やぶの私服かっこいいー…」



ドアを開けてくれた八乙女はそう言って、ぱちぱちと
手をたたいた。俺に言わせてみれば、八乙女のほうが
ひとつもふたつも上等だ。


手触りの良さそうなボーダー柄の部屋着は、スイーツ
なんか食べることのない俺の頭にさえ、ストロベリー
チーズケーキという言葉が浮かんでくる色合いだった。

前髪をぐるん、と上にあげているのも憎い。



「八乙女もすげぇ可愛いかっこしてんじゃん…」



当たり前みたいにしれっ、と部屋に上がろうとするも
八乙女が腕を広げて通せんぼするせいで叶わなかった。

ほっぺをぽんぽこりんにして、なぜか俺を睨んでいる。





「"八乙女"やだ」





アレ渡したはずでしょ?、と、ドアを閉めているのだ。
甘い部屋の、金色の、星みたいな鍵__。





「…ひかるも可愛いよ、、」





一拍置いて、八乙女は満足そうににっこり、と笑った。
よくできました、とスタンプを押すような笑顔だった。



「ふふっ、お鍋できてるよっ」



手を繋いで、八乙女が俺を引っ張る。
例のメールは見られていないようだとホッとしつつも
俺の中の好奇心は、困った顔も見たかったと、へそを
曲げてしまった。



クリームソーダとかコーヒーとか、ゴタクはいいから。







「すげぇ豪勢な鍋だな…」



土鍋がぐつぐつ、と地獄の釜のごとく煮え立っている。
たっぷりの野菜に海老、牡蠣、ホルモン、絹ごし豆腐。
大ぶりなタラと豚肉が窮屈そうに身を寄せあっている。





「だって、やぶがちゃんと答えてくれないから…」





と、八乙女は器や箸を手際よく並べながら薄く笑った。

つまり、あのメールを読んだ上でおあずけにしたのだ。
八乙女は昨日出会ったばかりの男に好きと言われても
困るどころか、もっと夢中にさせるための材料にする。

タラや豚肉のように。





「それとも、おれを鍋に入れたかった?」





□→←□



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しょこる(プロフ) - みきさん» ほかのお話も読んでいただけるということで、、気に入るものがあれば嬉しいです^^ (2020年6月17日 18時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - みきさん» 素敵な言葉の数々をありがとうございます*こちらはもうずいぶん前に書いたお話なのですが、こうして見つけていただき、感想までいただけて、羊ヘアのひかるくんが笑いかけてくれているような温かい気持ちになりました。 (2020年6月17日 18時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 本当に素敵なお話を有難う御座いました。他作品もじっくり拝読させて頂きます、素敵な出逢いに感謝::突然の長文コメントを失礼致しました、。 (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 紡がれる文字、全てに開いた口が塞がりませんでした。一気読みを終えた後、ホッとするようなあたたかい気持ちに心が溢れるだけでなく、言葉にできない高揚感をも同時に得たのははじめてでした。この感動をうまく言葉に出来ず稚拙な文での感想となり申し訳ないです、;; (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - はじめまして。コメント失礼致します。はじめてしょこるさまのお話を拝読致しました…なんで、どうしてもっとはやく出逢わなかったんだ私…!!としか思えませんでした、: : 設定や情景1つ1つに息を飲んだのは勿論のこと、それらを表すしょこるさんの言葉選び、 (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:しょこる | 作成日時:2019年2月14日 23時

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