カラット＜yb×hk＞

＊ ページ10

…





やるしかない。キスぐらいなんだ。
どんな手を使ってでも、こいつをウチの看板役者に
育ててみせる＿＿。







チュッ…。







一思いに真っすぐ唇をぶつけた。
ひかるは甘いものでも食べた後みたいに両手で頬を
おさえて、目をぱちくりさせている。



「じゃあ、やぶまた明日ねっ」
「……はいよ、」



ベランダのガラス戸の向こう、夜空を背に、満面の
笑みでひかるが手を振る。
玄関の方が近かっただろ、と突っ込む余裕もなくて、
適当に引っ張りだしたアイスキャンディーで、頭を
冷やした。



…



ひかるは毎日、昼過ぎになるとベランダから現れる。



太陽みたいにさんさんとした笑顔でひかるが来ると
あぁもう昼かって自然と背筋が伸びた。
朝も昼も夜もなかったこの部屋に、ひかるが明るい
昼を連れてくるようになったのだ。



「おれ達は真っ二つに割れた皿なんだ！
ガチャガチャ鳴るだけで合わさりゃしないさ！」



早口言葉や発声練習などの基礎に加えて、本読みを
やらせてみると、もしかしたらひかるが憑依型では
ないかという嬉しい疑惑が湧いた。

演技、というよりは、別の誰かがひかるに乗り移り
勝手に喋るのだ。



「それでもお前はおれに本を書かせたいのか？」
「もちろんだマーロウ」
「じゃあもう練習はお開きにするのだっ…！！」
「……えぇー…」



ひかるのウィークポイントは、疲れやすいところだ。
長時間練習をすることができないから、節目節目に
アイス休憩やお菓子休憩やアニメ休憩をとりながら
なんとか１日持たせている。





「じゃあ、また明日ね」
「……ん、」





帰り際、ひかるがそう言ったら、キスしろの合図だ。
最初の頃はぶつかり稽古みたいだった給料替わりの
キスも、日を追うごとにそれっぽくなってきている。

それっぽくしている犯人は、まぎれもなく俺だけど。



「昨日よりちょっと長かった…」
「ん"っ、…今日すげぇ頑張ってたからな」



あくまで、ひかるが求めるからしている。そういう
体裁を守りたいと思いつつ、それを自ら薄っぺらい
ウエハースみたいにパキッと割りたくなってしまう。

ひかるの唇が妙に柔らかくて、いい匂いがするのが
悪い。



「明日はもっとがんばるねっ」
「……おう」



ひかるには、頑張ってもらわなきゃ困るのに、もう
これ以上頑張られても、それはそれで困ってしまう。

贅沢な悩みだ。





「……はぁーっ、…」





練習と休憩とキスを繰り返しているうちに、真夏の
猛暑はなりをひそめ、夜風が心地いい季節になった。





…

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