カラット＜yb×hk＞

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…



結論から言うと、俺はひかるの滑舌を甘く見ていた。

伸びきったゴムを元の状態に戻せと言われるぐらい、
ひかるの舌ったらずを直すのは、難しいことだった。



「右耳にミニニキビ！」
「みにみみに、ミニみににっ！！」



ふたりで向かい合って、ひたすら早口言葉の練習を
つづけた。最初はゆっくり、だんだん速度をあげる。



「サメをサイクリングに誘ってみたいサイ！」
「サメをシャイクリングに、っ誘ってみたいサイ！」
「サバをくわえて逆立ちしたまま
サーフボードに乗っているサイ！」
「シャバをくわえて逆立ちして、、えーっと、、
自転車に乗ったシャイ！！」



口の中で舌をぐるぐる回す体操も教えた。
毎日、朝昼晩、続けるように言うと、朝は寝てると
口答えするから、起きろと言った。



「アメンボ赤いなあいうえお！」
「疲れた！！」
「………えぇー…」



その一言で初日は終了。
パソコンの時計を見ると、夜の９時をまわっていて
ひかるの疲労時計は正しかったのだと、申し訳なく
思った。

まだ始めたばかりなのに、つい熱くなってしまった。



「……お疲れさん。アイス食うか？」



ひかるはベッドに仰向けに寝そべり、天井の一点を
ぼーっと見つめている。



「帰って寝る…」
「ん。明日また続きやろう」



ひかるは返事もせずにむっと起き上がり、冷蔵庫に
もたれていた俺の目の前にフラフラと近づいてきた。

やっぱりアイスって言いだすかな、と待ってやると、
ひかるはあろうことか、黙って唇を突き出したのだ。





「……なに？」





ひかるは池の鯉みたいに唇をつけたり離したりして
シャボン玉が割れるような音がポポポと鳴っている。



「今日のおきゅーりょー…」
「……あほか、」



前髪ごとおでこを押すと、ひかるは皿のように目を
見開いて、わざとらしく瞬きをした。



「じゃあお金でくれる？困ってんじゃないの？」



ギクッ＿＿。
劇団員にひかるを推薦するには、演技ができなきゃ
話にならないってことに気づいたのは今朝のことだ。

それまでは、ポケットマネーでこいつを繋ぎとめて
おくしかないけど、食っていくのもやっとな俺には
荷が重いのが現状だった。



「ほらほら、んぅ〜っ」
「っ、お前ってやっぱ"そっち"なの？」
「んぅ〜？おれはおれだよ〜」
「っく、…」



両肩を掴んで、押しても、じりじり近づいてくる唇。
顔はそこらの女の子より可愛いから、嫌じゃないと
思ってしまう自分が怖い。

新しいドアが開いちまったら、どうしてくれんだよ。





「……目ぇつぶって…」
「おっけ…」





…

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