カラット＜yb×hk＞

＊ ページ5

…



失ったのは看板役者。親友じゃない。
そうやって上書きしてきたメッキが、剥がれそうになる。



「お前は？仕事何やってんの？」



男は最後のチョコをペロリ、と食べきったところだった。
ベッドの脇のティッシュを勝手に１枚抜いて、口周りや
指を拭き取り、麦茶を飲み干す。

そのあとの何とも言えない表情は、もらった餌の分だけ
話してやるって顔に、俺にはそう見えた。



「まぁなんていうか、、福祉関係？」
「え、介護とか？すげぇ偉いじゃん…」
「まぁね、」
「…ホームヘルパーとかそういうの？」



奇抜な身なりからは想像できないお堅い職業に、驚きを
隠せなかった。福祉は常に人手不足とはいえ、にわかに
信じられない。



「ん〜まぁ、、
身寄りのないじいちゃんの世話してるから…
似たようなもんかな」



歯切れの悪い言い方がどうも引っかかる。
裸に毛皮のコート、朝帰り、型にはまらない、この男が
ホームヘルパーなんて＿＿。



「お前の言う世話って……
まさか下の世話じゃないよな？」
「……シモの世話？」



男はきょとん、と、心ここにあらずで、オウム返しした
言葉の意味を考えているようだった。

腕を組んで、眉間にシワを寄せて、それから、男は突然
あははは、と笑い出した。顔の半分が口になってしまう
豪快な笑顔だ。



「じいちゃんはどっかのでっかい企業の会長でね、
ちょー金持ちなんだけど、もうとっくに80過ぎてるから。
そっちは"卒業"してるって」



"物語のある”人種 って奴は、無意識に人を小馬鹿にする
節がある、と思った。
こいつらの当たり前は俺らにとって、小説や映画の中の
話なのだ。

でっかい企業の会長は、ちょー金持ちでも、80過ぎたら
"卒業" するとか。知るか。



「じゃあ、お前は金持ちじいさんのとこで
何やってるわけ？踊り子かなんかですか？」



むしゃくしゃすると、つい頭を掻いてしまう。
汚いからやめてって、しょっちゅうあいつにも叱られた。

ふっ、と、水を打ったような無音に顔をあげると、男は
ついさっきまで四方八方に飛び散っていた自由な視線を
ひとつに束ねて俺を見ていた。

好奇心に支配された子供のように悪気無く、ドアに顔を
つけて、覗き穴から部屋を覗くような目で俺を見ていた。



「想像で当ててみてよ。……脚本家なんでしょ？」



唾がドクン、と喉をくだった。
心臓がふるえている。

男の瞳の力強さ、物語に引きずり込まれる感覚、それが
もうすぐ手に入るかもしれない、底知れぬ期待と不安に。



「もし当てられたら、役者でもシモの世話でも
なんでもやってあげる」



…

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