カラット＜yb×hk＞

２カラット ページ4

…



男をもう一度、部屋に入れるだけで小一時間かかった。



男は、意味わかんない、部屋に帰らせて、と繰り返し
キャンキャン吠えて暴れるばっかりで、俺の話に一切
聞く耳を持とうとしないのだ。

ごめんごめん、とりあえずな。そう謝りながら毛皮の
塊を引きずって、なんとか部屋にもつれこむ。
男がキンーと冷えた空気の虜になってくれたのを見て
やっと会話ができそうだ、と、背中を向けた。



「まぁ、適当にくつろいでよ」
「……自分ちでくつろぎたい」



男はベランダのガラス戸にもたれ、ぐったりしている。
不貞腐れた横顔に汗がにじみ、吐く息まで熱を持って
揺れていた。



「麦茶冷えてるけど飲むか？
……あとほら、チョコレートもあるぞ」



こないだ劇団員にお土産でもらった箱入りのチョコと
麦茶の入ったマグカップをローテーブルに置いてみる。

男は四つん這いになり、そろそろテーブルに近づいて
ベランダではじめて、野良猫のジジに餌をやった時の
いぶかし気な表情が重なった。

そのあとのジジの甘えっぷりで、骨抜きにされたのは
置いておいて、だ。



「甘いもん好きか？」
「……お腹減ってただけ」



男はベッドを背もたれにチョコレートを頬張っている。
両手で持った四角いチョコレートを半分齧り、中身を
確かめて、それから、残りをまたもぐもぐ口に入れた。

豪快に麦茶も飲んだ。



「……ちょっと失礼、」
「っ、なんだよもぉ…っ」



劇団員の衣装合わせに使う、バツンッーと折り曲げる
タイプのヘアピンで男の前髪をとめた。

真上にくるっと捩り上げたから、広めの額が丸出しだ。

口の周りがチョコでべちゃべちゃなのを差し引いても
消えない華と美貌に、説得へのモチベーションは沸騰
寸前だった。作業用の椅子に座って、深呼吸をひとつ。



「よしっ！じゃあ俺から自己紹介な」



男はちらっと俺を一瞥して、それからチョコの中身を
見た。美味しそうな顔ひとつしない癖にもう３枚目だ。



「俺は薮宏太。小劇団で専属の脚本家と……
たまに監督もやる。……これ、舞台のチラシ」



壁に画びょうで張り付けていたチラシを外して、男に
手渡す。男は、嘘じゃないんだ、とちいさくこぼした。



「……カラット？」
「そう。劇団の名前」



大学生の時に劇団カラットを立ち上げた。
俺もあいつも創立メンバーで、客が全然入らない時も
金がない時も、「まだまだこれカラット〜！」なんて
笑い合っていたのに＿＿。





「主役張ってた奴に辞められて、、困ってるんだ」





情に訴えかけようとしたら、本当に悲しくなってきた。





…

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