カラット＜yb×hk＞

＊ ページ24

…



「俺が見つけた役者。今日みんなに紹介すんの」



言い捨てた言葉はまるで、吸い殻みたいに軽かった。
俺は涼介を許す事も、傷つける事もできないらしい。



「もしかして、、おれの代わり？」



曖昧にうなずくと、背中が焼けるように熱くなった。
"代わり" なんて言葉を、ひかるに聞かせてしまった。



「さすが薮ちゃんっ、仕事が早いっ…」



張り詰めた声色に、つい視線を逃がす。
窓の外に押し込められた風邪をひきそうな曇り空が
ひかるの心を映しているようで、息苦しさを覚えた。



「忘れもん拾ってとっとと帰れよ。
お前はもう部外者なんだから」



半端な未練を断ち切って、ひかると夢を追う道以外
切り裂く覚悟で、ナイフみたいな声を振り絞る。
同時に、涼介や仲間と過ごした青春が引き裂かれる
音や痛みは、見て見ぬふりをした。



「……おれ忘れてた…」



涼介が脈略なく俺の腕を掴んだ。コンマ一秒遅れて
上着が後ろにツン―、と引っ張られる感覚が走った。
ひかるが不安なときに見せる、裾を引く仕草だって
わかっているのに、振り返ることすらできなかった。

２人が触れている部分を、赤信号が明滅するように
意識が激しく行ったり来たりする。



「おれ芝居が好きだった。お金なんてどーでも
よかった…。あーでもない、こーでもないって
薮ちゃんとぶつかるのも、楽しかったのに…っ」



後ろに引っ張られ、僅かに、でも確かに傾いていく。





「おれ、カラットに戻りたい…っ！」





キュキュッー！！





それは、あとずさったひかるの靴底が鳴らした音で
ひかるは俺が思っていたよりもずっと、濃い絶望を
顔いっぱいに滲ませ俺を見ていた。

曇り空を押し込めたような、今にも雨が降りそうな
それでいて、火山が噴火しそうな、まるでこの世の
終わりみたいな。



「ちょっとだけ２人で話してもいいか？」



ひかるは迷わず、ぶんぶん、首を横に振った。



「すぐ終わらせるから」
「っ、おれも一緒にいる…っ」



ひかるの気持ちは痛いほどわかる。
男は誰でも、平気なふりをしたって、自分の椅子を
奪われるのを嫌うから。
それでも俺は、これは俺の我が儘だけど、ひかると
涼介に椅子を奪い合ってほしくない。

ひかるにはふかふかで座り心地のいい椅子を、俺が、
用意してやりたいから。



「……頼む…」



ひかるの細い腕に縋って、頭をさげた。
俺は柄にもなく必死で、５センチ先しか見えなくて
俺の頭上で２人が静かに火花を散らしていたことも、



奪い合っていたのは、主演の椅子だけじゃないって
ことにも気づけなかった。



…

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