ねぇ、だれにも知られないで ＜yb×hk＞

＊ ページ25

…


放課後の理科室の黒板は無法地帯だ。



『サッカーに詳しくなる』



遅れて入ってきたヤオトメは
黒板の字と仁王立ちする私を交互に見て
導かれるように最前列にすとん、と腰を降ろした。



「薮を振り向かせられる男になろう！」



ヤオトメがぽかんと口を開いて首をひねる。
黒板をばーん！と叩いてまで熱く語った自分が恥ずかしい。


「薮が大好きなサッカーに興味なしなんて問題外！
水兵さんはサッカーに詳しいに違いない！
じゃなかったら絶対上手くいってなかったね！」


ヤオトメは私の適当な分析とドヤ顔に気圧されかけている。



「明日から、勉強しよう！」



水兵さんの存在は、ヤオトメから”頑張ること”を奪い去った、と私は思う。
遠回りでも無駄になってもいい。何でもいいから頑張って
この恋は前に進んでるって思わなきゃ。




「…今日からがんばる」




ヤオトメが観念したように
でもどこか嬉しそうに歯を見せて笑った。




それからのヤオトメは、サッカーの指南書や雑誌を読み漁り
夜中にやってるサッカー番組や試合の中継にかじりついた。
彼にはたまたま熱中できるものが無かっただけで
実はストイックな性格だということが判明した。


昼間はとにかく眠そうで、理科室はサッカーの話に溢れた。

あの選手は動きがいい、あのプレイは型破りだ
昨日のイタリアリーグは見応えがあった。

しまいには、話について来ないからつまらないと言い出した。
私はサッカー自体はむしろどうでもいいんだ、と思い
薮がどのチームを好きか、たずねると


「知らない。やぶは関係ない」


と言い、買ったばかりの雑誌に目線を戻した。
表紙では、黒人選手がひっくり返ってボールを蹴っていた。





事件はよく晴れた日に起きた。
ヤオトメが最新の雑誌を教科書に重ねて隠し
流行りのスパイクをチェックしていた時に。



「これ没収。放課後職員室まで取りに来なさい」




……なのに、なぜ。
職員室で叱られてからこの理科室に来たはずの目が
希望に満ち溢れている。


「後ろの席の友達がやぶの試合に誘ってくれた。
最新の雑誌持ってたから相当なサッカー好きだと思ったみたい」







…ふむ。







後日、試合を見終わったヤオトメからのメールは

『相手がJリーグのジュニアユースで
めっちゃうまかった！感動！』の2行だけ。


薮かっこよかったでしょ、と冷やかすと


『やぶはいつもかっこいいから』


と返事がきて、面倒なことになった、と思った。



…

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